ここで彼女は夢を見る
「私には人の心を揺さぶる魅力がないんだなって悟っちゃって」
「でも美和子ちゃんが写ったカタログ見てこんなドレス着たい!って思う女の子はいるし、今日だってここでこんな風に式挙げたい!ってお客さんは思うんだよ。それは充分誰かの心を揺さぶってると俺は思うけどね」
「それはドレスや会場の魅力であって、私じゃなく他の人でも結果は変わらないじゃないですか」
「それだけじゃないと思うけど……」
 頑なな美和子の言葉に祐介が困った様に笑う。

「吉野さんは不安になったりしないんですか」
 先の見えない、保証のない未来の不安に美和子はずっと追いかけられてきた。ずっと走り続けていると、何のためにどこを走っているのかすら分からなくなる。
「忙しくしてるから考えなくてすんでるのかもね。劇団の練習の合間にオーディション受けて、端役でも仕事の依頼が来たらスケジュールの調整がつく限りは受ける事にしてる。何がきっかけになるか分かんないから」
 祐介は美和子よりもずっと夢に真摯で、その分苦労も努力も沢山しているのだろう。そんな彼の姿は美和子の中に残る未練を刺激して、結論を出したはずの心が揺れる。
 自分は結婚という逃げ道に縋ろうとしているだけじゃないだろうか。プロポーズを心から喜べなかったのも、仕事の件が後ろ髪を引っ張っているせいだ。

 その時だった。
「ママ見て、お嫁さん!すごい!きれーい!!」
 感嘆の声と共に宿泊客らしき小さな女の子が走り寄って来る。それを見て、半歩先を歩いて美和子をエスコートしている祐介が足を止めてくれた。

「お姉ちゃん、結婚おめでとう」
 駆け寄って来た彼女が満面の笑みで祝福してくれる。その眼が余りに輝いていたので、本物の花嫁じゃなくてモデルなんだとは説明しづらかった。子供なので意味が分からない可能性が高いし、何より夢を壊してしまう。なので美和子は屈んで彼女に目線を合わせ、小声で「ありがとう」と返す。
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