緋女 ~前編~

彼女が長い間の後答えた。



「………別にいいんじゃないの?」



彼女の燃えような緋色の瞳が俺を射ぬくように見ているのが、目をそらしたままでも感じる。その少し不機嫌な声に首をかしげたい。

が、あくまで表情には出すわけにはいかなかった。

「よくありませんね。ちゃんと服を着てください」

できるだけ冷静に言ったつもりだが、その隠しきれない言葉の棘は彼女に逆効果。


「だって、私に何の感情も起きないでしょ? 何も問題ないわ」


突拍子もないことを言い出した彼女は、俺を試しているのだろうか? いずれにしても、まずい。

朝もどうしようかと狼狽した。だがあの苦労もこんなことになっては元もこもなかった。

下着を置き忘れた自分と、風呂場で聞いていた彼女の衣ずれの音を思い出す。

魔法で耳を塞いでしまえばよかったのに出来ない自分が恐ろしい。

確実に昨日まではなかった想いが俺に存在しているという恐怖が、俺を支配していくような感覚におかしくなりそうだ。

彼女と距離を置きたい。

一日中一緒にいるから何の気の迷いか情が移った。



「ああ、問題ない」



気がつくとそう答えていた俺。

失敗した。いいはずがない。

「だが、王子がかわいそうだ。純粋な王子はきっと………困るぞ」

素っ気ない声でそう言い足した俺に彼女は言った。


「やっぱり、王子には優しいのね」


それはポツリと呟かれた。淋しげで自嘲的な響き。

そういえば、昨日も言っていた台詞。

そうだろうか? 

羨ましくて憎くて仕方ないあの王子に俺が優しいことなんてあるだろうか?


かつての自分がまだ俺の中にいるとは思えなかった。


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