君に、一年後の約束を。
来るはずのない人


「お客様、ラストオーダーになりますが、ご注文はいかがなさいますか」


遠慮がちに掛けられた声に、左手の腕時計に視線を落とした。

―――23:30

その事実を確認して、心の中で溜息を漏らす。


「グラスシャンパンをお願いします」

「かしこまりました」


嫌な顔一つせず、それどころか完璧な営業スマイルを浮かべて、ウエイターさんが注文を受けてくれた。

ここに来てから、約三時間。
カクテル三杯と前菜の盛り合わせ一皿だけで時間を潰していた私。

迷惑な客であることは自覚しているけれど、静かで居心地のよい空間に甘えてラストオーダーまで粘ってしまった。


やっぱり、来なかった。

自嘲的な笑みが漏れる。


カラン。

グラスを軽く回すと、涼やかに氷の音が鳴った。

残っていたカクテルは氷で薄まって、すでに何のカクテルか分からない位味がぼやけている。
一気に煽ったそれに、最早アルコールとしての役目はない。

今日が終わるまで酔わずにいようと思っていたけれど、今はアルコールの力を借りて一時でも全て忘れてしまいたかった。

役目を果たさなかった向かいの空席から目を逸らして、一年前と変わらない、窓の外にある夜景に目を向けた。


あいつが来ないって、分かってた。

それでもここに来てしまったのは、あいつを忘れる為に必要だから。


だけど、忘れられるだろうか。

そんな弱気な考えに至った自分に、苦笑いが浮かぶ。
窓ガラスに映る顔は、頼りなく心細げに見えた。


いや、忘れなきゃ。

全て忘れて、明日からまた普通の自分に戻って彼と接しよう。


あの約束は、いつもの軽口にすぎない。

そんなこと位、分かり切っていたのだから。

< 1 / 7 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop