何よりも大切なモノ
「まったく。弥生は相変わらずだね」

自分の席に戻り、ペットボトルのお茶をグイっと一口煽ると、呆れたような調子で亜美が言った。

「そんなこと言っても――」

「ああ、分かってるよ。弥生だから仕方ない」

反論しようとする弥生を押し留めると、「もう諦めてるよ」と言わんばかりに亜美はため息をついた。

これまで、男には――それも丸井のような男には、優しくし過ぎるなと何度となく忠告しているのだが、弥生は「これは優しさではなく、人として当然の気遣いだ」と言って、決して譲ろうとしないのだ。

亜美が弥生と知り合ったのは高校生になってからだが、少なくともその間、弥生のその信念が揺らいだことはない。

融通が効かないと歯痒く思うこともあれば、大したものだと感心することもあるが、一環しているのは、どちらにしても『危うい』という危機感だった。

弥生は自分が周りからどういう目で見られ、それに対してどう振る舞うべきか――などということは一才考えない。

自分の信念とするところの『人としての優しさ、気遣い』を誰に対しても分け隔てなく向ける。

そうすると、勘違いが生まれるのだった。

特に男子は自分だけに向けらている、特別なものだと思い込みやすい。

思春期とはもともとそういうものなのだろうが、そこに弥生の容姿が合わさると効果は絶大になるのだ。

そういう『危うさ』を感じ取ってからは、亜美は弥生の周囲に注意を払い、場合によっては盾になろうと努めていた。

幸い、これまで弥生に危機らしい危機が降りかかったことは無い。

だいたいの場合は、穏和でありながら強固で律儀な弥生の態度が、相手の心を挫くのだ。

それにもう三年生の12月で、三年近くも一緒にいれば周りも弥生の性格を理解し、変な勘違いも無くなる。

が、それでも亜美は気を抜いていなかった。

やんちゃそうな下級生が言い寄ってくることもあれば、丸井のように、勘違いではなく、弥生の人の好さにつけ込もうとする奴もいる。

幸い、大学も同じところを志望し、二人の成績からすると合格ラインは充分に超えているので、まだ一緒にいられる。

亜美は一緒にいられる間は、何としても弥生を守ろうと決めていた。

そういう態度を隠すことなく披露していたので、弥生のナイトなどと呼ばれるようになり、それに対し亜美は何も間違ってはいないので、抵抗を示すことはしなかった。

ただし、勘違いはしないでほしいと思っていた。

自分がナイトになっているのは、弥生との間に上下関係や利害関係があるからではない。

何よりナイトである前に、自分と弥生とは気の合う大切な親友同士で、だからこそナイトであることを買って出ているのだと――
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