何よりも大切なモノ
亜美は盛大にため息を吐いた。

放課後の教室。

他のクラスメイトは全員帰り、今は亜美と弥生の二人がいるだけだった。

「なんか、今日は疲れたねぇ」

「そうだね。いつもより少し色々あったからね」

同調してるわりに、暢気な顔で暢気な声を発する弥生。

それが弥生なのだと分かってはいても、二人きりということもあってか、亜美は少し疎ましく感じてしまった。

「少しじゃないわよ。あんたは気づいてないかもしれないけどさ、こっちは微妙なところで色々神経使ってんだからね」

言ってしまってから、亜美はしまったと後悔した。

弥生のナイトでいることは、誰に強制されたわけでもない、自分で選んだ役割なのである。

苦労することくらい、とっくに覚悟していたはずだった。

それに……弥生はそんなに鈍感な娘じゃなかった。

きっと、本当は何もかも知っている。

何もかも気づいている。

何もかも気づいていながら、何も気づいていないフリをしているのだと。

亜美も気づいていた。

不安や迷いや、その他様々な感情に押し潰されそうな時も、弥生が暢気な天然娘を演じていることに。

それは嫌みや計算などではなく、弥生の優しさだった。

多くの人に影響を与える弥生のような人間が、不安や迷いを表沙汰にすると、必ずその上にのし掛かってくるものがある。

人の醜さというのか、本能というのか……

とにかくそれがのし掛かってくると、必ず争いが生まれる。

争いは対立という構図かもしれないし、どこからかの一方的なものかもしれない。

とにかく、傷つく人も傷つける人も出てくる。

弥生は、それをもっとも恐れているのだ。

そして亜美は、そうやって周囲に遠慮し、自分のことは二の次にする弥生が、いつか深く傷つくのではないかと恐れていた。

「ねぇ亜美……私なら、大丈夫だよ。きっと何とかなると思うから」

不意に弥生が、見透かしたようなことを言った。

やはり、気づいている。

亜美の、弥生に対する不安も、自分自身に対する不安も。

少なくとも後四年、自分は弥生の傍にいられる。

しかしその後はどうなのか、いや、そもそもその四年の間、本当に自分は弥生を守り抜けるのか。

身を挺してでも弥生を守るという気持ちに偽りはない。

しかし実際、自分が傷つくとそれを悲しむ人がいる。

まず弥生がそうだ。

自分を守るために親友が傷ついたとなったら、弥生はどうなるか。

考えるのも恐ろしかった。

そして自分にはもう一人、弥生に負けず劣らず、自分のことを思ってくれている人がいる。

亜美は目を閉じ、恋人の沢田翔一の顔を思い浮かべた。

兄の友人であり、自分にとっても幼い頃からの知り合いだった。
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