目を閉じてください


迂闊に話せば大変なことになる。騒ぎになって、職場にいられなくなるかもしれない。


それほどの一大事なのだと、ようやく飲み込めてきた。


こんな小娘が、と。
あのときのインフォメーションの受付嬢のように。


―――そして、
そんなある日のことだった。


虫歯治療と樹脂製の歯軋りのマウスピースの型を作るために、2週間ほど通いでそろそろ完治したと思われる、ひとりの老人がいた。


元もと歯は丈夫だったらしいけれど歯医者が大嫌いで、痛くても我慢していたようだ。


最も歯医者の好きな人物などいないだろうけれど。


長年勤めた会社を定年退職して、ようやく時間ができ、奥さまの薦めで重い腰を上げ、治療に乗り出したらしい。


この年齢まで自分の歯でいるのは大抵すごいことだ。


しかもそれなりに並びがいい。
煙草も吸わないらしく、ナチュラルな色。


私の好きな歯だ。
名前は確か、仲田さん??だったかな。


「文ちゃん、ワシの孫と会うてくれんかのう」


「はい??」


「文ちゃんみたいな奥さんじゃったら、孫も幸せじゃろうに」


「いや、えっと…」


「いいじゃない、紹介して頂けば」


里織さんは新婚さんだった。


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