不審メールが繋げた想い

「あー、止めろ、あのさ…、この流れで嫌な予感しかしないんだけど…」

「カレンダーの発送をしてるから、住所、解ってるよな?で、本人を見たいんだ」

ほら来た。

「見たいってな…はぁ…それで、どうしたいんだ?」

「会いに行く」

そう来ると思った。

「は。会いに行く?会いに行くってお前…いきなり会いたいって言って、お前が会いに行くつもりか?それは無理だ…」

まず、信じてもらえないだろうな。何もかも無理だ。

「違う。説明に手間取るだろ?いきなりそんな事、納得もしてくれないだろ」

そうだよ…信じてもらえる訳がない、解ってるじゃないか。からかってるのか、ってな。若い子みたいに、得体が知れなくても、理屈抜きでおもしろいからノリで会おうなんて、そんな風にはならないはずだ。

「会うっていっても、会いに来ましたとか言わないで、こっそり見るだけだ」

…恐い恐い。やばい奴になってしまうだろ。やっぱり行くつもりじゃないか…。

「それは危険だ。お前、自分を何だと思ってる。アイドルじゃないにしても顔は知られてる芸能人だ。人気だってあるんだ。地方だからって迂闊にうろつけるか…。こっそりったってな、手段だって難しいだろ。写真とかでは駄目なのか?写真なら…」

首を振った。

「参考程度にしかならない。撮り方による、印象が偏る。瞬間を切り取った物だから、顔だって判断がつき辛い。自分の目で確認したいんだ」

はぁぁ…何だかんだ言っても、結局、顔の事、少しは気にしてるじゃないか…。まあ、興味は湧くよな。…大事なことではあるな。

「どこでどうやって見るつもりなんだ?部屋の近くで待ち伏せしたりするのか?一歩間違えたら変質者、ストーカーだぞ?同じ場所に長く車を停めていたら、いきなり不審者にされてしまう。通報される。それは避けたい」

「仕事、してると思うんだ。平日なら仕事に行くだろ?だからだいたいその時間帯に居れば見られる。だから時間の幅はそんなに取らなくても大丈夫だろ?」

それが…待ち伏せは待ち伏せだって言ってるんだ。その日偶々休みだったら?…普通の会社員前提で考えているようだが、特殊な仕事をしている人だったら?……はぁ、そんな事言ってたら埒が明かないか…。行くだけ行ってみるしかないかって。……。

「…それで、その一度っ切り、人物確認ができたとして、後はどうする」

「連絡する」

「連絡?どうやって?」

「…携帯にメールする」

「は?Yです、会ってくださいってか。いきなり?」

「うん。そうだ」

「甘い。…あのさぁ…解ってるよな。今のご時世、そんなの誰が開けて見る?メールなんて…知らないアドレスから来た物なんて、まず見ない。しかもYです、なんて…、有り得ないから。それこそ流行りのなりすましだ。知ってるだろ?アイドルを装ってメールしてくる奴とか。マネージャーってのもある。例え騙されてるって解ってても、相手が好きなアイドルなら、もしかしてって、そんな気になってやり取りしたくなる。開けて返信したりするんだ。メールする度、課金を求められたりするようなのもあるんだ。世の中、誰と言わず、迷惑メールで溢れているんだぞ?」

……んん?そうか…、そう考えたら、開けて見るかも知れないって…可能性もあるのか…。いや、しかし…どうなんだ。真は若いアイドルではないんだ。相手だって…若い子好きの、そうでなくてもそんな年齢でもないだろ…用心深く対処するだろ。メールなんて、見てくれるはずがない、知らないアドレスのものなんて気持ち悪くて即、削除だろ、無謀な話だ。

「それでも諦めずにずっと送り続けていたら、いつかは何かしらリアクションしてくれるかも知れないだろ?そしたら俺は俺だって解ってもらえばいいだろ」

「…はぁ、そんな、単純な考え…気長に待っても無理だって……。信じてくれるとは到底思えない。どうなるか解らない事するつもりか?許否されたらおしまいだ。それに…、住所にしたってアドレスにしたって、勝手に流用するなんてだな…してはいけない事だ。目的外使用だ。そのことだってお前の人間性を疑われかねない」

「…解ってる。だけど…そうでもしないと何もできない…」

そうだけど。

「会った事もないのに…。そこまでするって…どうかしてる…」

「言ったろ?何がきっかけになるかなんて解らない。いきなり身体の関係から始まる場合もあるだろ?一目惚れからだってある。それと変わらない、同じ事だ。ちょっとだって、気になってくると何だかザワザワするんだよ。こういうの大事にした方がいいだろ?気持ちに波が立つことはもう二度とないかも知れない。だから何から始まったって、きっかけはきっかけだ。相性もまずその一つだ」

各務を納得させるほど上手くは言えない。だけど何か気になるんだ。…少しの興味……これだけでも今の俺には充分だ。

「…はぁ…気負って始めて、そんなに好きにならなかったら?」

「それはない」

「は?そんなに言い切る?逆におかしい。根拠は?」

「根拠はない。だけど好きにならないはずはない、と思ってる、…何故だか解らないけど」

「こうなったら意地か?そんなもんじゃ続かないぞ」

「違う…」

「…それは、沢山居るファンの中で自分に何かハッと来るモノがあったから、か。縁、運命。それが不思議な原動力になってるって事なのか。…フ。強いインスピレーションとでもいうやつ、感じたって事か…」

…これだけ言われると、何だかない事ではないと思わされてしまうよ。お見合いだと思えば、これも有りって事になるのかな…んん。好きになる為に?会うのか…?

「まあ、そうだよな。好きになるのは理屈じゃないんだし、何がきっかけになったかなんて、振り返って見ても曖昧な事でもある。惹かれ始めたらあっという間だ」

本気で好きになって…ずっと一緒に居たいと思うようになるぞ…。そうなったらどうする。直ぐ行ける距離じゃない。呼び寄せるなんてことになったらそれこそもう先にあるのは結婚だ。相手は若い女性じゃない。結婚を考えている人かどうかも何もまだ解らない。人を好きになって、色々と経験することは悪いことではない。むしろ、表現の肥やしにもなる。だけど知る限り暫く恋愛らしいモノはしていないだろ?大丈夫なのか?…俳優との心のバランスは上手く取れるのか?元々不器用なところがあるのに、好きな人ができたら恋愛物を嫌って益々遠ざかってしまうだろう…。需要はずっとあるって言うのに。…はぁ、恋はして欲しいけど、マネージャーとしては辛いところだぞ。
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