ヴァージンの不埒な欲望

「あっ、その、すみません!」

「特にないのなら、私に着いてきてください」

相変わらず落ち着いた口調でそう告げたその人は、クルリと踵を返すとスタスタと歩き始めた。

「あっ、はい」

俯いたままだった私は慌てて顔を上げ、再び、その人の美しい背を追った。



*****



カラン!と軽やかなベルの音が鳴る。

「いらっしゃいませ!空いているお席にどうぞ」

カウンターの向こうにいたマスターが、柔らかな笑みを浮かべて声をかける。

前を歩くその人は、マスターに軽く会釈をするとお店の奥へと歩みを進める。

一番奥のボックス席までくると「どうぞ」と、向かいのソファーを手で示した。

「はい」小さく頷いて、促されるままソファーに浅く腰かける。

その人も、私の向かいのソファーに座った。

古い、ではなくて、レトロ、とも違うような、歴史を感じるお店。

今時の『カフェ』じゃなくて、『喫茶店』、『珈琲館』なんて響きが似合いそう。

他にお客さんは五~六組いるけど、年齢層は高め。みんながゆったりと、コーヒーやお店の雰囲気を楽しんでいるようだ。

平日水曜日の夜九時を過ぎた時間だなんて嘘のように、静かで穏やかな時間が流れている──

その人は大通りの歩道を数メートル進むと、すぐに横道に入った。それから五分程歩き、このお店に到着した。

< 4 / 143 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop