明日の蒼の空
「地上の世界で暮らしていた頃が懐かしいです」
 この世界に上がってきたばかりの正行さんが過去を懐かしむのは当たり前。

「明日から、空いた時間に奥様の様子を見に行って、正行さんに報告しますね」

「本当ですか?」

「はい。本当です」

「どうもありがとうございます!」
 正行さんが大きな声でお礼を言ってくれた。

「ご家族を心配されるお気持ちはよくわかりますが、まずは、ご自身が元気になることを考えてください」
 これは、私なりのアドバイス。

「そうですね。まずは、自分が元気でいなければいけませんね」
 正行さんは再びTシャツで顔を拭いた。

「よし!」と大きく声を上げて、自分の太腿をパシッと叩いた。

 過去の話ばかりしていたら、気持ちは落ち込んでいく一方。私は話題を変えることにした。

「私は、絵を描くことが好きなんですが、正行さんの好きなことは何ですか?」

「僕は、野球が好きです。小学三年生から野球を始めまして、中学も高校も野球部に入っていました。社会人になってからは、友達や職場の同僚と草野球をやっていました。家族四人で、プロ野球観戦に行ったこともあります」
 正行さんは明るい声で話してくれた。
「そうなんですか。では、町の草野球チームにお入りになられたらどうですか? 体を動かせば、少しは元気が出てくると思いますので」

「そうですね。吉川さんに聞いてみようと思います」

「ご自身で見に行かれるようになる日が、一日でも早く来るといいですね」

「はい。自分で見に行かなければいけないんですが……。今日は、本当にありがとうございました。これから少し走ってみようと思います。明日からも、よろしくお願いします」
 正行さんは、私に向かって頭を下げて、ベンチから立ち上がった。

「よし! 今から頑張ろう!」と大きな声で言って、走り始めた。

 私はベンチに座ったまま、走っている正行さんの後ろ姿を見つめた。

「蒼衣お母さん、おうちに帰ろうよ」

「うん。おうちに帰ろう」

 私は、家族と一緒に暮らせている。正行さんは、家族と離れ離れ。
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