幸福に触れたがる手(短編集)
幸福に触れたがる手

【幸福に触れたがる手】




 画面の中のキャラクターたちが殴ったり蹴ったり跳ねたり必殺技を出したりする度に聞こえる音と声。
 コントローラーのカチカチという操作音。
 愛猫にゃん五郎が構ってほしそうにあげるか細い鳴き声。

 もう小一時間、そればかりだ。

「……あの、碧ちゃんさあ」

「なんですか?」

「……楽しい?」

「楽しいですけど、楽しくないんですか?」

「いや、デートってもっとこうさ……美味しいもん食べに行ったり、娯楽施設に出かけたりするもんじゃないの、かな、なんて……」

 言うと彼女はげんなりした顔をして、コントローラーを置く。

「出不精の野上さんからそんな言葉が出るなんて思わなかったです」

「いや、ぼくは家にいてもいいんだけど、碧ちゃんはこれでいいのかなって……」


 せっかくのオフだった。付き合って初めてオフが重なって、じゃあデートでもしてみようかという流れになったのは昨日のこと。

 良い年頃の女の子だし、今までの経験上、やれショッピングモールだ、やれお洒落なカフェだ、やれ遊園地だ、と言い出すと思っていた。
 そのつもりでぼくも、ネットで「初デート 人気スポット」で検索をかけて、初デートに良い場所や心得を学んだりもした。

 が。蓋を開けてみれば「にゃん五郎に会いたい」と言ってぼくの部屋へ。

 ひとしきりにゃん五郎とじゃれた彼女は「このゲームしたいです」と言って、棚にあったゲームソフトを手に取った。それは少し前、舞台で共演した圭吾に「これ貰ったんだけど俺の部屋ゲーム機ないから」と言って渡された格闘ゲームだった。

 まさか彼女が数あるゲームの中から格闘ゲームをチョイスするとは思わなかったけれど、とりあえず始めてみた。
 彼女は不器用にコントローラーを持って、圭吾が声をあてたキャラクターを選んだ。

 結果がこれだ。




< 29 / 49 >

この作品をシェア

pagetop