幸福に触れたがる手(短編集)
季節が春に変わったある夜、彼女の部屋に行ったら、彼女はテレビを付けたままソファーで丸くなって寝ていた。
俺が役者をやっているとネタばらししたあと、舞台や映画のDVDをいくつか借りて行って、順番に観てくれている。が、付けっぱなしで寝るとは。観たうちに入んねえだろ。
「知明、知明。風邪ひく、ちゃんと寝室行け」
彼女の肩をたたくと、彼女は悩ましい声を出して、さらに背中を丸める。
「んんん……せみねさん、ごはん、あります……」
「じゃあ飯食うから、おまえ先に寝とけ」
あれ? いまこいつ、瀬峰って言った?
確かに付けっぱなしのDVDは、昔俺が出演したバレーボールのミュージカルだけど。睡眠学習か?
「んー……おきます」
「ベッドまで運んでやるか?」
「わたし、せみねさんの歌もダンスもすきです……」
「ああ、そりゃあどうも」
話が全く噛み合っていない。
お世辞にも寝起きが良いとは言えない彼女は、のそのそと身体を起こし、そのまま俺の腹に抱きつく。
寝ぼけているのか積極的だ。
後頭部をぽんぽん撫でてやると、彼女はくすぐったそうに笑う。
「でもだめですね、ミュージカルっていうか、篠田さんばかり目で追ってしまって。台詞をたくさん聞き逃している気がします」
覚醒し始めたのか、やっと「篠田さん」呼びに戻った。くそ……可愛いなこいつ。
「急いで観なくていいから、時間あるときにしろよ」
「早く観たいじゃないですか」
「寝てちゃ意味ないだろ」
「確かに……。あ、でも瀬峰さんの勇姿はちゃんと観ましたよ。素敵でした」
楽しそうに彼女は両手を上げてブロックの姿勢を取るが、それじゃあただの万歳だ。絶対にボールをブロックできない。
くすくす笑いながら正しい手の上げ方をレクチャーしてやると、彼女は早速立ち上がって「ほあっ!」と間抜けな声を出しながらジャンプする。
でもジャンプ力が足りない。それじゃあネットから指先すら出ないだろう。
ついに大笑いして、彼女の後頭部をわしゃわしゃ撫でた。