食わずぎらいのそのあとに。

一瞬で戻った記憶にハッとして追いかける。

「タケルっ」

ドアを開けたところで後ろから背中にしがみついた。腰に手を回して動けないようにする。

本気になれば私のことなんて振り払えるだろうけど。

「行かないで」

捕まえたから立ち止まってくれたけれど、タケルは無言だ。

「なんで怒ってるのかわからないけど、私は全然わかってないけど、でもこういうのいやだよ」

必死で言葉をつなぎながら、心の隅には客観的に私を見下ろしているもう1人の自分がいた。

ああみっともない。年下の男にすがってしがみつく三十路の女。



「ああ、帰ろうとしてると思った?」

少しの間を置いて、さっきまでと少し違う気の抜けた声がする。

「何かと思った。トイレ行こうと思ったんだけど、俺。行ってもいい?」

「トイレ?」

慌てて身体を離す。玄関脇に確かにトイレがあるけど。

タケルはそのまま本当にトイレに向かった。勘違い? いや、今の気配はあの時と同じだったと思う。

私にちゃんと話せというわりに、タケルだっていつもなんにも言わない。

でも、今回はちゃんと動けたね。みっともなくても、そういう自分を褒めようと思う。変にこじれたくないの、今。


< 35 / 108 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop