食わずぎらいのそのあとに。

「それから、米沢については、貧血で倒れたのは記憶に新しいと思うが、この夏からしばらく休職する予定がある」

え。そのいい方って病気みたいでちょっと誤解を招くんじゃ。




その時、ドアが開いてタケルがそっと入ってきた。それを見た田代さんの話が途切れて間があいて、ざわざわし始めている。


「平内、遅いぞ」

「すみません。営業のほうにも報告終わりました」

「今ちょうど、香ちゃんの休職について話してたところ。お前も前出て、自分で言って」

「はい」

タケルが私の横に並ぶ。私は恥ずかしすぎて言えないので、説明はお願いしていある。

「田代さんからもう話があったみたいですが」

違う違う、産休とか全然言ってない。袖を引っ張って合図した。

「何?」

「私が夏から休職するって言っただけ。理由も言ってない」

「あ、そうなんだ?じゃ最初から」

小声で話し合った後、タケルがまた前を向き張りのある声を出す。

「ご報告が遅くなりましたが、長年かけて去年ようやく口説き落としまして、この春入籍しました。9月出産予定なので、夏から香さんが休職します。ご迷惑おかけすると思いますが、よろしくお願いします」

タケルが涼しい顔で報告した。

なにその言い方。口説き落としたとか言う必要ないでしょ、この場で。




一瞬フロアが、しーんとした。

そのあと、ものすごい音量で「えー!」とも「わー!」ともつかない音が響いた。

タケルが私を見下ろして、楽しそうに微笑んだ。いたずらが成功したみたいな顔。

余裕だなぁ、もう。恥ずかしいとかないの? 私も笑顔で返すけど、絶対困った変な顔になってる。
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