ビルに願いを。

翌朝はホテルでシャワーだけ浴びて、朝食は取らずに急いで帰った。出社時間にうるさい会社ではないけれど、家に帰って着替えるにはかなり時間もかかるから。

いつもよりかなり遅くに何とか出社して、すぐに始まったチームミーティングに参加した。

ここのところオンラインでの勉強も進んでいないから、週末まとめてやらないとなぁと上の空で考えつつ、丈と久しぶりに散歩したいなと思ったりもする。

何か質問されて意識を現在に戻し、機能改善について集中しようと頭を振った。




そのまま席を立った丈がしばらく戻らなかったので、社内をぶらりと歩いてみたら、リラクシングエリアでぼんやりしていた。

「丈? どうしたの?」

背中を叩いて話しかけると、ぴくっと身体を震わせた。なにか考え中だったかな。そのまま何も言ってくれない。

「ごめん、何か考えてる途中? 戻るね」

ともう一度声を掛けたら、いきなり腕を引っ張られ柱の陰で強く抱き寄せられた。

どうしたの、会社で。多分誰にも見えないけど、ダメだよ、こんなところで。

身をよじると、柱に押さえつけるようにして半ば無理やりキスされる。こないだの優しいキスとは違う、支配するようなキス。

なに? こんなの、らしくないよ。

苦しくて首を振ると唇が離れた。

でも私が何か言う前に、今度は首筋に顔を埋めてうなじあたりを強く吸う。痛い。

「いつもと違う匂いがする」

そう言うと離れて行く。顔も見ないで行ってしまう。匂い? ホテルのシャンプーは確かにきつい匂いがした。



あ、そういうこと?

そんなんじゃないよ? 圭ちゃんは家族なの、そんなんじゃない。

もうそんなことはしないんだって言ったでしょ? 信じてないの?

< 83 / 111 >

この作品をシェア

pagetop