ビルに願いを。


「遅い」

怒ったような声がして、そのままふわっと後ろから腕に抱かれる。

「駅にもいないし、絶対ここだと思ったのに間違えたかと思った」

「……なんで?」

頭だけ振り返ったら、いきなりキスされた。唇にそっと触れるだけの短いキス。

追いかけてきてくれたの?

でも、なに? どうして? あの子は?



「今度は何を祈ってた?」

私の質問を無視して聞いてくる。

「丈に、大好きって、伝えられますようにって」

ほらね、もう叶ったよ。すごいでしょ。B.C. square TOKYOは特別なビルなの。

「俺、好きな子がいるんだよ」

耳元で掠れた甘い声がする。笑ってるみたいで息がくすぐったい。

「他の男をずっと待ってるくせに俺にも気がある、ずるい女。その子が指輪を外して俺を選ぶようにって、ずっと願ってた」

噛みつくように、うなじにキス。痛いよ。

「メイはしばらく泊まるって部屋とったけど、別に連れて来たわけじゃないし、なんでもないから」

本当に? 私のことは疑ったのに? 自分はそんなこと言うの?

「信じないって言ったら?」

「それでもいいよ」

またどうでもよさそうに言って手を取ると歩き出し、丈は階段に向かおうとする。降りる気?



「もう無理。さっき登ってきたの。自分だけでちゃんと地上に戻ろうと思って」

「迎えに来る男はいらないって?」

「うん。でも上で待っててくれた」

訝しげだった目つきがふわっと緩み、口の端が笑った。

「俺だって振り返らなかったよ?」

「うん。あの時たぶん、好きになっちゃったの」

「じゃあ俺の方が先だ」

何気なく言って手を引き、エレベーターで下に降りる。そのままタクシーに乗り、当然のようにホテルに戻ることになっていた。

時々強引。私が断らないとわかってる時だけ。


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