勿忘草~僕は君を忘れてしまった。それでも君は僕を愛してくれた~。
僕の記憶
「要さん、コーヒー飲まれます?」
その明るく溌剌とした声に僕はいつも元気を貰う。
僕はその声の主をゆっくりと振り返って『お願いします』と声を発した。
「了解です!ちょっと待ってて下さいね?すぐに淹れますから!」
本当に明るくて元気のいい人だ。
僕はキッチンでバタバタしている斎藤 彩(さいとう あや)さんをそっと見つめ見た。
不意に彩さんと視線が合わさった僕はいつしか自然と笑んでいた。それを彩さんも笑顔で返してくれる。
「彩さん・・・その・・・いつも、ありがとう」
僕は照れ臭いながらもそう言ってペコリと頭を下げてみた。それと同時に気持ちがスッとした。
『いつも、ありがとう』。
本当はいつも、そう思っている。なのに、なぜか僕はそれをなかなか彩さんに伝えることができていなかった。けれど、今日は照れ臭いながらもそう言えた。また1つ、僕は素晴らしい進歩を遂げたわけだ。
「もうっ!要さんったらやだー!照れるじゃないですか!」
彩さんはそう言うと僕から見たらチャーミングポイントの白い八重歯をちらりと覗かせた。彩さん本人はこの白い八重歯を吸血鬼みたいと言って気にしている様だが僕は彩さんのその吸血鬼みたいな白い八重歯を可愛いと思うし正直、好きでもある。
僕は本当に彩さんを可愛らしいと思うし、男として女性の彩さんを魅力的だとも思う。
このままでは僕はいつか遠くない未来で彩さんを一人の女性として好きになってしまうだろう・・・。
けれど、それはいけないことだ。
彩さんは僕の介助者であり、1つ屋根の下で共に暮らす同居人でもある。
そして、何よりも僕は不慮の事故で左足を膝上から失った身体障害者であり、記憶喪失者でもある。
そんな障害だらけの僕が健康体である彩さんを好きになっちゃいけない・・・。
彩さんの輝かしい希望に満ち溢れた未来に影を落としちゃいけない・・・。
僕はもう何度もそう言って自分に言い聞かせてきた。
その度に僕は心の内で『了解!』と言って見事な敬礼をする。けれど、そのすぐあとにふと何かが胸の内に引っ掛かる。
それは何か大切なことを忘れているようなモヤモヤとした何かで今日もそのモヤモヤとした何かは僕の胸の内に引っ掛かり僕を苦しめ、不快にさせている・・・。
僕はきっと何か凄く大切なことを忘れているのだろう・・・。
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