恋人は魔王様
16.つまり、それは誰のこと?
ぎゅうっと、背中から抱きしめられた。
強く。

今まで見たいな冗談をこめた感じでなく。
甘く、強い抱擁に私は目を丸くする。

もう、この際周りのギャラリーの視線なんて気にしない。
映画のロケだとでも思って頂戴な☆

トクン、トクンと心臓が無駄に高鳴ってしまう。
やばいな。
ロケーションってこんなに人の心を左右するものなのかな?

うう、頬も火照ってきそう。

なんて、思ったその時。

「ここに来てもまだ、俺のこと想い出せないの?リリー」

聞こえるか聞こえないかぎりぎりの、小さな声で囁くように、確かにキョウはそう言った。
それは、聞くものの心臓を切なさで握りつぶしてしまいそうな、濃厚な想いを溶かした声で。



何故かその声を聞いた途端、私の心の中の私ではない何かがキュン、と、胸をうずかせたのを感じた。

『……ヴァトーレ……』

そうして、脳の奥のほうに聞こえた小さな小さな呟きは、全てを聞き取ることは困難だった。
それに、自分の脳内に他人の声が響くなんて実に不愉快。



私は腕の中でくるりと向きを変える。

しかし、そこにはいつもの尊大な表情と態度を持つ『魔王様』が居るだけだった。
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