向日葵
プロローグ

 春、雲一つない黄昏の中、水森公園のブランコには五、六歳の女の子がちょこんと座っている。勢いよくこぐということもなく、ただ座ったままボーッとしている。そこへ同い年くらいの女の子と母親の二人連れが目の前を通る。仲良く手を繋いで横切るその親子を羨ましそうな目で追う。そしてまた目線を地面に落とす。
 かれこれ二時間近くこの状態が続いており、園内に子供はこの子のみとなっていた。しばらく足をブラブラさせていると、ふいに背後から声がかかる。
「こんばんは」
 突然背後から話し掛けられ、女の子はビックリして後ろを振り向く。そこには優しそうに微笑みながら見つめる、白いワンピースを着た女性が立っている。知らない人とは話さない、着いて行かないということを父親からキツく言われていたものの、向けられる笑顔につい口が開いてしまう。
「お姉さん、誰?」
 女性は正面に周るとの女の子の目線まで屈む。
「さぁ? 誰でしょう?」
 その言葉に女の子は少し身を引いて警戒するが、それを察して女性は苦笑する。
「大丈夫。お姉さんはあなたの味方だから」
 女性は女の子の頭を優しく撫で、女の子は不思議そうな顔で女性を見る。
「何か用?」
 女の子は勇気を出して聞く。
「そうね、用があるかもね。ところであなたのお名前はなんていうの?」
 女の子は少し考えた後に答える。
「飛鳥(あすか)……」
「飛鳥……、ちゃんか。何歳?」
「六歳」
「そっかぁ、じゃあもうすぐ小学生ね」
「うん……」
 言ったきり飛鳥は寂しそうな表情でうつむく。
「どうかしたの?」
「ううん、べつに」
「何か困ってることとかあるの? よかったらお姉さんが相談にのるわよ」
「…………」
 依然沈黙を続ける飛鳥に女性は再び笑顔で話しかける。
「ねえ飛鳥ちゃん、いいモノあげる」
 そう言うと女性はポケットから向日葵(ひまわり)の花の形をしたブローチを差し出す。ペットボトルのフタ程度のサイズで少し古ぼけた印象だが、デザインは美しく花びら一つ一つが精巧に出来ていた。
「これを持っていたら勇気が出るのよ! ハイ、あげる!」
 女性は飛鳥に直接手渡す。本来は知らない人から物は貰わないようにしているが、その精巧さに惹かれ飛鳥は素直に受ける。
「あ、ありがとう……」
「ふふっ、どう致しまして」
 女性は嬉しそうに飛鳥の頭を撫でる。
「さて、お姉さんはこれから用事があるからもう帰るわね」
「あっ、うん。ありがとう、お姉さん」
「いえいえ。それより元気出してね。寂しくなったり悲しくなったらそのブローチが勇気をくれるから」
「うん! 分かった」
 飛鳥はここにきて初めて笑顔を見せる。その笑顔を見て女性も安堵の表情になる。
「よかった、喜んでもらえて。それじゃあ行くね」
「うん、またね、お姉さん!」
「うん、またね!」
 女性は元気よく手を振りながら去って行く。見送り終えると、飛鳥は嬉しそうに向日葵のブローチを見つめていた。

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