向日葵
第九話

 飛鳥が公園で会った女性が未久だったということは間違いないようで、生前の写真を見せたら「この人!」と断言をしていた。このことで未久が逝く前に話していた内容が事実だということが分かる。
 つまり後一回、自分か飛鳥の前に現れることになる。そして、その一回もいつなのかが概ね予想できている。それは飛鳥の結婚式だ。未久は最後に自分の夢を語ってそれが叶ったと言った。つまりそれは飛鳥の結婚式に未久は現れたということになる。

 飛鳥が公園で未久と会ってから早二十年経過し、今日運命の日を迎えていた。一秋も娘がここまで育ってくれると肩の荷が下りた心地がする。
 飛鳥は大きな病気にかかることもなく、そして非行に走ることもなく真っ直ぐ育ってくれた。一秋も父親として母親のいないことに対する寂しさを与えないように接してきたつもりだ。
 授業参観、運動会、様々な学校行事から進学懇談会、欠かさず出席し飛鳥の傍にいた。そして再婚もすることなくここまできた。それは飛鳥のためでもあったし、未来で逢えるであろう未久への礼儀でもあると思っていた。

 式場には身内や職場の同僚、友人、知人が集まりだしている。一秋は会場をところ狭しと走り回っている。未久のことも気になっていたし、式での挨拶、飛鳥のこと、いろんなことを考えると居ても立ってもいられない。今日だけで何度トイレに駆け込んだか分からない。
 祝いに駆けつけてくれた友人や仲間への挨拶もほどほどに一秋は花嫁の控え室に向う。披露宴までの時間がもう迫っている。一秋はドアをノックして呼びかける。
「飛鳥、入っていいか?」
 しかし、返事はない。疑問を抱きながらも、もう一度ノックし問いかける。
「飛鳥? いないのか?」
 しばらくして飛鳥からの返事がする。
「ちょっと、待って……」
 何かあったのかと不安になりつつ待っているとドアが開く。純白のウエディングドレス姿で現れた飛鳥の目には大粒の涙がたまっている。
「あ、飛鳥!? どうしたんだ!」
 一秋は驚いて詰め寄る。
「お父さん……」
 飛鳥は泣きながら一秋に抱きつく。
「どうした? 何かあったのか? 大丈夫か?」
 飛鳥は無言でうなずく。
「大丈夫か?」
 一秋はもう一度優しく言う。
「うん、大丈夫」
 飛鳥はやっと口を開く。
「式が怖くなったのか?」
「ううん、違うの……」
「じゃあ」
 飛鳥は嬉しそうに口を開く。
「お母さんが、逢いに来てくれた……」
(未久が! やっぱり今日だったのか!)
「そ、そうか。未久が逢いに来たのか……」
「うん」
 飛鳥の瞳からは涙は止まらない。
(何も聞くまい。この様子を見れば何を話したかなんて想像はつく。ありがとう、未久)
「よかったな、飛鳥」
「うん」
「オイオイ飛鳥、せっかくの化粧が涙で台無しだぞ。さ、涙を拭いてちゃんと式に備えよう」
「うん、お母さんにも同じこと言われた」
 飛鳥は笑いながらいう。
「似た者夫婦だったからな」
 一秋は照れながら頭を掻く。
「ふふっ、私もお父さんたちと同じくらい……ううん、それ以上に幸せになる」
「ああ」
「お父さん」
「ん?」
「ちょっと早いけど、今まで育ててくれてありがとうございました。今日から私はお父さんの下を離れて新しい家庭を築きます。ワガママな私をたった一人で大きくしてくれて本当に、本当に感謝してます。ありがとう、お父さん……」
 飛鳥は深々と頭を下げる。
「飛鳥……」
「って、さっきお母さんにも似たようなこと言ったケドね」
 飛鳥はペロっと舌を出しながら照れる。一秋の瞳には自然と涙が溢れていた。

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