向日葵
エピローグ

 六月。この月に式を挙げたカップルは幸せになれると言われている。そしてここにその縁起を担いで式を挙げようとしている女性がいた。

 飛鳥は真っ白なウエディングドレスを着て鏡の前に立っていた。披露宴を事前に控え、気持ちが高揚している。しかしそれは式を直前に控えた緊張からではない。今日、式を迎えることに飛鳥はある予感を抱いていたのだ。
 人に話すと変人扱いされかねないと思い黙っていたが、死んだはずの母親が自分の前に現れるのではと考えていた。飛鳥が一番見てもらいたい姿。そして、一番傍にいてほしいと思うとき。それが今なのだから。飛鳥はしばらく自分の姿を見つめる。綺麗なウエディングドレス。二度と着ることはできないだろう。
「やっぱり、そんなこと、ないよね……」
 溜め息をついて飛鳥は下を向く。そしてもう一度正面の鏡を見る。するとそこには白いワンピースを着た女性の姿が写しだされていた。飛鳥は鏡越しに女性の姿を凝視する。女性は笑顔で飛鳥に近づいてくる。
 驚きながらも飛鳥はすぐに振り返る。女性は変わりなくゆっくり歩み寄ってくる。目の前までくると女性は笑顔のまま口を開く。
「キレイ……、とっても綺麗よ。飛鳥」
 優しく語り掛ける女性を見て、胸の鼓動が早くなるのを感じる。
「お、お母さん?」
 飛鳥は本人を前にして、初めて口にするその言葉に心が熱くなる。
「母親らしいことなんて何もしてないわ。それでも私をお母さんって呼んでくれるの?」
 飛鳥の頬には涙が伝う。
「あ、あたりまえだよ……。私の、私のお母さんはたった一人。目の前にいるお母さんただ一人なんだから……」
 声を震わし涙をボロボロ流しながら飛鳥は笑う。
「飛鳥……」
 未久も涙を流しながら飛鳥を抱きしめる。
「お母さん……」
 飛鳥も未久を強く抱きしめる。
「私、私、寂しかった……。本当はお母さんがいなくて凄く寂しかったよ……」
「飛鳥……ごめん、本当にごめんね。寂しかったよね、辛かったよね、何もしてあげられなくてごめんなさい」
「お母さん、お母さん……、ううっ……」
「飛鳥」
 未久は泣きじゃくる飛鳥の頭を何度も優しく撫でる。二十六年分の辛さ、寂しさを包み込むように何度も。
「こうやってまともに話すのって初めてだよね。ねえ、お母さん、私が幼稚園の頃、公園で会った人ってお母さん?」
 涙を拭きながら飛鳥は問いかける。
「ええ、そうよ」
「やっぱり。あのときどうして母親って名乗らなかったの?」
「うん、正直迷ったし言いたかった。でも、言ってしまったら私も辛くなっただろうし飛鳥も会えない私を恋しがるんじゃないかと思って言わなかったの。ごめんなさい」
「ううん、その方が良かった。もし、お母さんだって分かったらきっと駄々をこねてお母さんを困らせてたと思うから。それよりお母さん、いつまでここにいられるの?」
「そろそろ、時間だと思う」
「もう、会えないの?」
「後、一回だけ。一回は会えると思うわ」
「アレ? お母さんが時間を越えられる回数って三回じゃないの?」
「いいえ、四回よ。お父さんがそう言ってたの?」
「うん、お父さんはお母さんがそう言ったって話してくれたよ」
「そう、どういうことかしら……」
「とにかく後一回、過去か未来に行くことができるんだよね?」
「そうね」
「じゃあ、今度はお父さんに会ってあげて」
「お父さんに? なぜ?」
「私ね、お父さんにも幸せになってほしいって思ってる。私のために人生のすべてを注いでくれたお父さんには感謝の気持ちでいっぱい。お母さんには悪いけど再婚とかして新しい人生を歩んでほしいと思ってるんだ」
「飛鳥……」
「お父さん頑固だから、私から言っても聞かないと思う。でも、お母さんに言われれば少しはそういう思いも出てくるんじゃないかなって」
「飛鳥は良い子ね。お父さん想いで。分かった、お母さんから言ってみるわ」
「ありがとう、でもお父さんには内緒にしとくね。いきなり現れた方がお父さんもビックリするだろうし。今度の誕生日にサプライズ!」
「ハイハイ、飛鳥はイジワルさんね」
「ふふっ、お父さん想いって言ってほしいな」
「飛鳥ったら」
「でも、本当にお父さんには感謝してる。もちろんお母さんにも感謝してるよ!」
 飛鳥は満面の笑顔でいう。
「飛鳥……」
「お母さん、私を産んでくれてありがとう。私、幸せになります」
「………言葉もないわ。こんなに素敵で素晴らしい娘をもって私は幸せよ。飛鳥、幸せにね……」
「はい、お母さん」
「涙で化粧が台無しね。ちゃんと直して式に出るのよ」
「うん」
「じゃ、元気でね、飛鳥……」
「お母さんも……」
 未久の姿は周りの景色に溶け込むように消えて行く。飛鳥の心に温かな幸せを残して。


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