恋は質量保存の法則
第三話

 教室に入ると見覚えある面々が目に飛び込み郷愁が胸に広がる。お調子者の男子にガキ大将的な不良少年。口から生まれてきたかのようにマシンガントークを繰り出す女子や背伸びしたような大人びた雰囲気の女子。その誰もがやっぱり中学生であり、大人の律佳からしたら皆子供に見えてしまう。
(むっちゃ懐かしい。青春真っ只中って感じね)
 教室に入り記憶を探りながら自身の机に向かい着席する。辺りを見廻すと一番前の列に座る純平の姿を見つける。大人しく読書をしているようで話しかけられるような雰囲気ではない。切れ長の目に端整な顔立ちから中学生とは思えない魅力を感じる。
(おお、坂本君居るし! って当たり前か。相変わらずカッコいいし頭良さそう。さて、どうやってお近づきになろうかしら。いきなりキスとかしたらいくら中学生でもドン引きよね)
 すまし顔でディープな恋愛作戦を考えていると前の席に那津が座ってくる。
「りっちゃん?」
「ん? なに?」
「今日様子が変だけど大丈夫?」
(鋭い、流石親友だ。でも、十年以上先の未来から来ましたなんてとてもじゃないけど言えない)
「うん、今日ちょっと風邪気味みたい。季節の変わり目はいつもこうなのよ」
「そうなの? はじめて聞いた。私のお母さんも似たようなこと言ってたけど、そういうのってあるんだね」
(あ、季節の変わり目の体調不良は大人になってからだったわ。ま、いっか)
 中学生の身体を羨ましく感じながら律佳は那津からの質問を上手くかわしていた。

 昼休み、懐かしの給食を堪能し終えると一人で図書室へと向かう。懐かしさの連続で現状の把握ができておらず、冷静に自分を見つめ直そうとしていた。
 受付に座る国語の担当でもある通称サバチャンに会釈すると、今日の新聞を手に取り人気の少ないテーブルに座る。一面に載っている日付を確認すると平成十二年十月十三日となっており十一年間遡った計算となる。
(間違いなく十一年前だ。私の最後の記憶は足摺岬から転落してるところのはず。それがなんでこんな過去に? 死んで魂だけが過去に飛んだとか。若しくは生まれ変わったとか。現状明確な理由は思いつかないけど)
 これまでのことを振り返りながらも律佳は未来のことも考える。それと同時に岬で声をかけてきた人物のことも気に掛かっていた。
(あの声の主って誰だったんだろ。声色から成年男性って感じは受けたけど、焦って顔まではしっかり見れなかったんだよね。崖に落ちるきっかけになった人物だし、本来は恨むべきことなんだろうけど今回のタイプスリップに関しては感謝だわ。人生をやり直すチャンスを貰ったとも言えるし。結婚は勿論のこと恋愛から就職まで大人の知識と経験で自分の理想のものが描ける。これって凄いアドバンテージだ)
 置かれている状況の凄まじさを察し両腕には鳥肌が立つ。周りの生徒は静かに読書に耽っており、一人興奮している律佳の状況など知る由もない。
(宝くじの番号とか覚えてたらもっと良かったんだろうけど、知識があればお金がなくても相当明るい未来を切り開ける。私の第二の人生は盤石だ!)
 理想の未来を想像しニヤニヤしながら新聞の一面を眺めていると、正面の席に一人の男子生徒が座る。純平とは違い童顔で優しそうな性格が全身から滲み出ており、ふんわりした雰囲気を感じ取れた。
 気になりつつじっと見つめていると相手から軽く会釈され律佳も反射的に頭を下げる。照れはしないものの、どこか懐かしく柔らかいその物腰に好感を持つ。
(坂本君とは違った意味で良い男。バッジが三年二組ってことは隣のクラスの同級生か。こんな子居たんだ。坂本君に続き要チェックね)
 奥手だった当時とは正反対で、付き合う男を物色している自分の様を客観視し苦笑する。男子生徒は律佳を全く気にしているいない様子で黙々と本の活字を追っていた。


 帰宅後、当たり前のように家事を手伝う律佳に京子は訝しがっており、当時の自分がどれだけ親に甘えて生きていたのかを省みた。夕飯を済ますと来週が中間テストということもあり、大人しく自室にこもり教書を開く。大学まで進学した律佳にとって中学生の中間テストは楽な仕事と言える。
「人生初の学年一位でも目指してみようかな。今の私の知識なら夢じゃないし、坂本君も私を見直して気に掛けてくれるかも! よし、そうと決まれば苦手な英語からだ!」
 不純な動機を抱きながらもテスト範囲を全部暗記するくらいの勢いで律佳はペンを走らせていた――――


――十日後、テスト結果が返ってくるとクラス内は悲喜こもごもする。高校受験を控えてのテスト結果ということもあってか皆真剣に結果を受け止めているように見受けられる。そんな中、律佳は結果の用紙を見ながら険しい顔をしていた。
(クラス順位二位ってことは、きっと一位は坂本君だ。つまり学年順位が二位の私の上も坂本君ってことに。あり得ない……)
 予想外の結果に呆然としていると背後から近づいてきた那津が驚きの声を上げる。
「えっ! りっちゃん二位!?」
「あ、なっちゃん。うん、私今回二位」
「深刻そうな顔してたから心配して来たのに。二位でなんでそんな顔?」
「えっ、ああ、うん。今回むっちゃ勉強したから一位の自信あったんだ。だからショック」
「いやいや、二位でショックって。私なんて学年二十位だからね?」
「そうなんだ。まあ今回はたまたまだから」
 驚嘆し次々と質問を投げかける那津の姿を純平は意味深な目つきで注視していた。

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