メガネの王子様


◆◆◆◆◆



雪が降りそうな寒いある日、俺は教室に神崎の姿がないことに気付く。

「なぁ、陽葵。神崎はどこ行ったんだ?」

ひとり自席でスマホを触っている陽葵に聞いてみた。

「眠いから保健室に行ってくるって。」

今日の神崎、顔色があまり良くなかったから体調が悪かったんじゃねーの?

「お前、神崎ひとりで保健室に行かせたのかよ?」

「心配だからついていくって行ったんだけど断られたんだよ。萌香もひとりで考えたいことぐらいあるでしょ。」

「…そうかも知れないけど。でも、俺、心配だからちょっと保健室に行ってくる。」

始業のチャイムが鳴ったが、俺は走って保健室に向かった。

保健室に向かう途中で桐生とすれ違ったが無視する。

なんで桐生がこんなとこにいるんだよ?

疑問に思いつつ俺はガラッと保健室の扉を開けた。

「あら、どうしたの?町田くん。」

養護教諭の先生が椅子をクルッと回して振り返り言った。

「あの、神崎来てますか?」

「彼女なら今ベッドで寝てるわよ。ふふ…心配しなくても大丈夫よ。たぶん寝不足による貧血だから。」

「あの…俺…彼女の側にいたいんですけど。」

「うーん、でも、もう授業が始まっちゃてるから先生としては認められないなぁ。」

「………先生、じゃぁ、俺、頭が痛いんで寝かしてもらってもいいですか?」

「うーん、…。仕方ないわねぇ。」と少し困ったような顔をしながら、先生はベッドがあるカーテンの方を指差した。

「ありがとうございます。」

軽く頭を下げてからカーテンに手を掛ける。

「先生、ちょっと用事があるからここを空けるけどいいかな?」

心配そうな顔でこっちを向いている先生。

「大丈夫ですよ。何もしません。」

「信用してるよ、町田くん。じゃ、5分程で戻るから。」

そう言って先生は保健室を出て行く。

俺がカーテンをそっと開けて中に入ると、そこには静かに眠っている神崎の姿があった。

ベッドの横に置いてあるパイプ椅子に、神崎を起こさないように静かに座る。

…青白い顔しやがって。

「あんま、心配させんなよな…。」

俺は溜息をつきながら、神崎が寝ているベッドに突っ伏した。

ピクッと神崎の手が動いたので、俺が顔を上げると神崎の目がそっと開く。

「大丈夫か?神崎っ。」

「…健、ちゃん?」

神崎はまだボーとしているみたいだった。

辺りを見回し「…き、りゅ…ぅ」と消えそうな声で呟いた。

「えっ?なに?神崎っ。」

俺は聞こえなかった振りをする。

「健ちゃんが…私をここへ運んでくれたの?」

え?運んだ?

俺はさっきすれ違った奴のことを思い出す。

……………桐生。

あいつが神崎を運んだのか。

「…あ、……うん。」

俺は咄嗟に嘘をついてしまった。

こんなのスポーツマンシップに反することだ。

…でも

俺は彼女の笑顔を守るためなら何だってする。

彼女が俺を見てくれるなら何だって…。



「あいつを忘れるために俺を利用してよ。
俺の側にいてゆっくりと忘れていけばいい。
それで少しずつでいいから俺のこと好きになって。」



俺は弱っている彼女の心の隙間につけ込んだんだ。

このとき、嘘なんてつくんじゃなかった…

何も言わずに立ち去った桐生。

嘘をついた俺。

この時点で既に俺は桐生に負けていたのかも知れない。

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