運命は硝子の道の先に

 そうして馬鹿に騒いでいる間にも夜は更けていく。気が付けば、午後十一時。月もとっくに傾く時間だ。
 客層も次第に変わっていき、午後九時頃は二次会を開くために来店した大学生が多かったが、今は週末を優雅に過ごす紳士淑女がカウンター席に腰掛けていた。と言っても、ここは客も店員も学生のバー。景気付けに一杯飲んだ後には、奥のダーツに興じるか、店員との話に花を咲かせ、学生顔負けのはしゃぎぶり。余程日常に飽き飽きしているらしい。
 その最中のこと。黒い扉を開け、入ってきた客に目が止まる。

「いらっしゃいませ。あ、タオルをお持ちしましょうか」

「ああ、すまないが頼む。急に降り出したもので」

 濡れた上着を脱ぎ、老紳士は頭を下げる。白髪まじりの頭は随分雨に降られたと見えて、べったりと張り付いていた。対応するアキも急ぎ足でカウンター奥のバックヤードに駆け込む。顔には焦りも見えた。

「雨か。天気予報では明日降るって言ってたけど」

「梅雨も近いからね。予報も当てにならない季節だよ」

 私はヒロに視線を戻し、お冷を飲んだ。大分酔いは醒めていたが、それでも二日酔いになる兆候は出始めていた。今日も飲みすぎてしまったようだ。しかし、前ほどは酷くはならないだろう。向かいの店員は、何度押しても水しか出さない自動販売機へと変貌していたから。

「それよりも、お前。帰りは大丈夫なのか」

「大丈夫だよ。まだ終電もあるし、最悪の場合、どっかでオールすればいいから」

「じゃなくて、」

 そこで言葉を止めると、ヒロは右方を指差した。私から見れば左、つまり入り口付近である。そこには老紳士のスーツやシャツを拭くアキの姿。他の店員もやって来てはいたが、あたふたするばかりで、結局一番動いているのはアキだった。やはり良い人だ。

「帰りにアキをお持ち帰りするとでも?」

「は、どういう意味だよ。……お前、まさか」

「何よ」

「アキが好きなのか」

「そんな訳ないでしょ。冗談言ってないで、何が大丈夫なのか教えてよ」

 ヒロは苛立たしげに眉根を寄せた。示した指でそのまま頭をかく。私の態度が余程気に食わないらしい。乱した髪をまた乱暴に整えると、やっと口を開いた。

「だから、雨だよ。お前、傘持ってきてんのか」

「傘って、あ……」

 答えに詰まる私。ヒロはやっぱりな、と肩を落とした。

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