運命は硝子の道の先に

「確認ですが、甘い物はお好きですか」

 首だけを回し、そう問いかける店員。細い身体にしては、広くがっちりとした背中。顔といい、身体といい、なかなか好みのタイプだ。毛先がカールした、アッシュブラウンの髪も若手俳優らしく好感がもてた。

「はい、好きです。あ、でもシナモンは苦手です」

「シナモン、とは。どうしてですか」

「あの独特の風味がどうも苦手で」

「なるほど」

 そう答え、店員は一つの瓶を選び出す。また慣れた手つきで二つの液体を混ぜ合わせると、先ほどと同じ型のグラスを目の前に置いた。それはとても不思議なお酒だった。液体は乳白色と赤い層に分かれ、その境目は微妙に混ざり合って、淡い桃色になっている。その赤はよく見知った色だった。

「苺、ですか」

「ご名答、これには苺が入っています。やや辛口のお酒の後には良い口直しになるはずです。さしずめ、食後のデザート、いえ、デセールといったところでしょうか」

 デセール、とは。なるほど、これが粋というものか。
 添えられたマドラーでグラスを数回かき混ぜる。全体が淡く染まっていく様は、知育菓子で遊んでいるかのような楽しさがあった。ある程度混ざったところで手を止め、こくりと一口。

「わ、美味しい」

 口の中にまったりと広がるミルク。どうやら乳白色の液体は牛乳だったらしい。濃厚な甘さに、甘酸っぱい苺の風味が駆け抜けていく。今まで果実酒は飲んだことはあったが、女子が好むお酒には手を出してこなかった。甘いお酒がこんなに美味しいとは。

「気に入っていただけて幸いです」

「はい、とても気に入りました。また飲みたくなるような味です。でも、」

 私はもう一口飲むと、頭の奥まで響く甘さに浸りながら、こう零した。

「こんな可愛いお酒、私には似合いませんよね」

 リトル・ブラック・ドレスにエナメルのヒール、ボブカットの髪も毛先だけ巻いて。精一杯のお洒落をして、今頃あの人と優雅にディナーを楽しんでいるところだったのに。いつもあの人は私を選んではくれない。やっと振り向いたかと思ったら、結局別の女性との時間を選択する。

「あの人が運命の人だと思ったのに……」

 きっと私に魅力がないからだ。私が可愛くないから────

「確かに貴女には似合いませんね」

「……そうですよね。私はやっぱり辛口のお酒の方が、」

「いいえ、違います。女性を泣かせるような男は貴女には似合わない、と言ったのです」


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