運命は硝子の道の先に

 蓮の手に自分の手を合わせると、切れ長の瞳が嬉しそうに弧を描く。
 そういえば、どうして蓮は私の部屋にいたのだろう。

「蓮、どうしてここに来たの。昨日の誘いは断ったのに」

「うーん、はっきりとした理由は言えないんだけど、何だか一花が呼んでる気がして。昨日も様子が変だったし。とりあえず家に行ってみようって思ったんだ」

「そっか」

「来て良かったよ。部屋の鍵開けっ放しだし、服濡れたまま寝てるし。熱も出てたし、ね」

「うう、申し訳ない」

 頰を軽くつねって、蓮は笑った。
 ああ、何週間かぶりの笑い声だ。これを聞くために高校生の頃は散々馬鹿をやったものだ。
 今はその声すら罪悪感を生み出すものにしかならないというのに。

「一花」

「ん?」

「どうしてそんな状態だったのかは、聞かないよ」

「……」

「俺にはもう聞く権利なんてないと思う。でも、もし困っているのなら……」

 蓮は私の手を握り、唇を寄せた。触れた部分に全ての意識が集中する。

「俺はいつでも君の話を聞く。君のことを助けたいんだよ」

「蓮……」

 しばらく手の甲に自分の頰を当て、蓮は買い物に行ってくると出ていった。風邪薬と冷却シートを買ってきてくれるそうだ。それに、私が大好きなプリンも。
 部屋を出る前に、蓮は私と目を合わせずにこう言った。

「……本当は寂しかったんだよ、一花に会えなくて。それだけだった」

 それは照れ混じりの心からの言葉に思えた。


 次に会ったとき、それが私たちの最後。
 そう考えていたのに、もう心は揺らいでいる。
 浮気な人だけれど、悪人ではない。優しさに満ちた人だ。
 それに、私を心から好いてくれている。
 別れを選べば、彼はどんなに傷つくだろう。私はどれほど涙を流すのだろう。

 結局私には、この人しかいないのだ。

 一人残された部屋で、私は温もりの残る手の甲を頰に寄せた。

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