エリート上司の甘い誘惑
……笑われてしまった。
だってこんなに美味しいお魚初めてなんですもん。


恥ずかしくなって、少しばかり箸のスピードを緩めた。
といっても今更取り繕えるはずもないのもわかっていて、羞恥心に頬が熱くなる。



「これもやる」

「いえ、結構です」



すました顔で遠慮したが。
部長が差し出したのは、さっき私があっというまに平らげてしまった甘えびの一品の入った小鉢だった。


めっちゃお気に入りのお味だったのを、しっかり見抜かれている。


ずい、と私の方へ押し出された小鉢。
確かにもうちょっと欲しい、なんて思ったけれども、いくらなんでも人のものまでいただくなんて、と散々迷ったが。



「遠慮するな。今更」

「……ありがとうございますっ」



今更、と言われ恥ずかしいのも通り過ぎ開き直って受け取った。
そんな私を見て、部長はまた随分と楽しそうに笑みを浮かべている。


部長と近頃二人で話す機会に恵まれ、急速に心安さが増したはいいが。
同時に余り見られたくない自分を見られている気がする。



……私なら、急接近してきた相手をまず疑う。



ふと頭を掠めた。


もしも、部長があの腕時計の持ち主だったら、よ。
東屋くんと同じように、部長もしれっと何事もなく毎日を過ごしているのであって。


そう考えると、部長であってほしいようなあってほしくないような、複雑な気持ちだ。


聞いてみる、としたらなんて聞けばいい?
最近、腕時計をなくされませんでしたか?


遠回しなようで、当たりならキスの相手にほぼ直結だ。
そう思うと、聞けそうで聞けない。


部長の顔をちらりと見る。
くい、とグラスを呷った横顔に、ふと今更思い出した。



「そういえば部長、今日は車じゃないんですか」



部長は、接待などで酒を飲む予定が入ってる場合は車で出勤しているはずだった。
この店も会社から然程離れていない場所で、徒歩で来たからうっかりしていた。
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