MAS-S~四角いソシオパス~
第十二話

「ねえ、雨宮さん。いえ、静音ちゃんって呼んでいいかしら?」
 突然背後から話し掛けられ、静音の心臓はバクバクと早く波打つ。
「えっ!? い、いいですけど。何ですか?」
(ああ、ビックリした! 全然気配がしないんだもん、この人……)
「実は静音ちゃんに折り入ってお願いしたいことがあるの。これは私と静音ちゃんだけの秘密になるわ」
「私と沙也加さんだけ……」
(なんか嫌な予感しかしない……)
「ええ、お願い、聞いてもらえるかしら?」
(と、取りあえず、聞くだけ聞いてみよう)
「内容にもよりますが、私にできることでしたら」
 返事を聞き沙也加はニッコリと笑い話を始める。
「ありがとう。実は久宝さんにも内緒にしていたんだけど、この計画にあたって、もう一つ私にはやりたいことがあるの」
「やりたいこと?」
「ええ、他言しないって約束してくれる?」
(どうしよう、多分、っていうか絶対ヤバイ話だ。かと言ってここで断るのもかなりヤバイ気がする。取りあえずここは素直に聞いておくしかないか)
「はい、お約束します」
「良かった、実を言うと私ね、殺したい人がいるのよ」
「えっ!!」
(やっぱりヤバイ話だった……)
 安易に返事したことを後悔しつつ耳を傾ける。
「誰かは秘密だけど、とにかく殺さなきゃいけない人物なの。だけど捕まるのも嫌。だから私は偽装事故で自分を殺し、世間的に居なくなっておいてから殺人を実行する。これなら私が捜査の対象に挙がることもく完全犯罪が成る。これが今回の計画と並行して考えていたことよ」
「はぁ……」
 とんでもない発言に返事のしようもない。
(どうしよう! どうしよう! どうしよう!)
「そこで静音ちゃんにお願いなんだけど、久宝さんの用意する戸籍と家とは別に、静音ちゃんが内密に全く違う戸籍と家を用意して欲しいの。つまり久宝さんを騙してほしいの」
(別の戸籍? 内密? 騙す? どうしよう~)
「頼めないかしら?」
(とてもゴメンナサイと言える状況でもないんですけど……)
「あの、今すぐ決めないとダメですか?」
「ダメね、今決めてちょうだい」
(時間稼ぎも無理)
 黙りこくる静音を見て沙也加はニヤリとする。
「勿論、タダとは言わない。一億円でどう?」
「い、一億円!?」
「ええ、私の望みを叶えてくれたら一億円の報酬を支払うわ」
(一億円。一億円もあれば大好きなポテチを百万個は買える……、って要らない要らない。えっ!? 一億? 一億ペソとか一億リラとかじゃないよね?)
「円ですよね?」
「円よ」
(どうしよう、こんなチャンス滅多にない。いや、生涯通じて絶対ない! 局長を裏切れば一億円。普通にここまでの報酬でも五千万円。とは言っても従業員だから貰えても百万くらいか。それでも短大を卒業したばかりの私にとっては大金だ。でも、一億ともなればさらに凄いことに。これからの人生を大きく変えることだってできる。ただ後者は今以上にリスクも高くなる。どうしよう、運命の二択……)
 腕組みをしたまま考えること二分。静音は結論を出す。
「決めました! 私、沙也加さんについて行きます!」
「それは肯定と取っていいのね?」
「勿論です」
「ありがとう、それじゃあ具体的な話をするわね」
「はい!」
(さあ、もう後戻りはできないわよ静音!)
 自らを鼓舞するかのように奮い立たせて沙也加に向き合う。
「まず今日のスケジュールから。偽装工作を行った後、久宝さんと静音ちゃんと私はいったん久宝探偵事務に戻る。そして、久宝さんが用意してくれた借宿で事故のほとぼりが冷めるまで待機する。私の死亡が確定して、葬儀が行われるくらいがベストだとは思ってるわ。そして、しばらくした後、私は新戸籍で例のターゲットを殺害する。殺害した後、静音ちゃんが用意してくれた戸籍に乗り換え新しい家に身を隠す。だから、静音ちゃんにはできるだけ早く戸籍と家を用意してもらいたい。そして、出来ればその際に戸籍屋が信頼できるか知りたいから、連絡先だけ教えて欲しい。できそう?」
「はい、やってみます。戸籍屋に関しては既にコネができてるので、後で教えます」
「うん、そして最後に、報酬は一億円って言ったけど、半分の五千万円は久宝さんから騙し取ること」
「えっ? 局長からですか?」
「そうよ、ようするに私の保険金全てを静音ちゃんが受け取るってことよ」
「そ、そうなんですか」
(う~ん、上手くできるかな?)
「私の予定では、四月一日に全ての決着がつくはずだから、お金が入るのは翌日の四月二日と思っていいわ」
「分かりました。でもいいんですか? 沙也加さんにはお金が入ってきませんよ?」
「いいのよ。お金より大切なことが私にはあるから」
「もしかして、殺人ですか?」
「それも一つね。まあ、こっち話は聞かない方がいいわね」
「聞きません!」
 即答する静音を見てクスりと笑う。
「素直でいい子ね。それじゃあ偽装工作の続きを完璧にこなして下山しましょう。もうこの山に用はないわ」
「了解です!」
 しっかりと返事をすると二人同時に作業に入る。しかし、内心では不安感が広がっていく。
(引き受けたものの、もし私が誘いを断っていたらどうするつもりだったんだろう。二人きりだし、ここから落とされたら証拠も……、考えるのも怖い)
 背中に薄ら寒いものを感じつつ、静音は黙々と作業を続けていた。


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