MAS-S~四角いソシオパス~
第十四話

「そろそろ、頃合いですね。局長、お願いします」
「分かった。中の様子は盗聴器で確認してくれ」
「了解です。ご武運を祈ってます」
 竜也は時空操作契約書の入ったアタッシェケースを携え、全く似合わないベレー帽を被ると小雨を避けるように店へと駆けて行く。入店を確認すると、静音は盗聴器のを車のスピーカーに繋ぎエンジンをかける。同時に暖房を全開にし、冷めた身体を温める。
「はあ~、寒かった。暖房生き返るわ~」
 シートを倒し思いっ切り伸びをすると、寛ぎながらスピーカーから流れる店内の声に耳を傾ける。
『ああ~、もしかして、もう閉店でしたか?』
(わざとらしい入り方ね)
『はい、申し訳ないんですがもう閉店間近なんです。しかし、こんな雨の中いらしてくれたお客様を帰すのもまたおかしなもの。一杯くらいなら構いませんよ』
(店長いい人! そうこなくっちゃ!)
『いや~、助かります。ありがとうマスター。じゃあ、ウイスキーをお願いします』
『かしこまりました』
「かしこまりました、綺麗なお嬢さん」
 独り言の後、静音はポットの紅茶を自分で注ぎ始める。スピーカーからはウイスキーを作る音と店内のBGMが流れてくる。
『お待たせしました、ウイスキーです』
「お待たせしました、超高級紅茶でございます。うむ、苦しゅうない」
 車内で一人芝居しがら耳を傾けていると竜也が動く。
『随分と飲んでるみたいですね』
(おっ、動いたな。さてさて、どう出るかな?)
 しばらくの沈黙の後、健介の声が聞こえる。
『ちょっと、お客さん、大丈夫かね?』
(えっ、もしかしてもうへべれけ状態? だとしたら仕切り直しだよ?)
 一瞬焦るが直ぐに明の声がする。
『わははははは! 騙されてやんの~起きてますよ~だ!』
(超紛らわしい~)
『お兄さん、本当に大丈夫かい? 冗談抜きで結構飲んでるようだけど』
『超大丈夫っす!』
(超頼りないっす!)
『そうか、ならいいんだが。その様子だと何か良いことでもあったのかい?』
『へへへ~良い事? まっっっったく違いますよ~、その逆ッス! とてつもなく悪い事だらけのオンパレード! まさに世界の不運は我に集中せりー! ってね』
(沙也加さんのこと言ってるんだ。これは願ってもないナイスな展開)
『ほう。して、何があったんですか?』
『ふふ、聞きたい? 聞きたい?』
(聞きたい! 聞きたい!)
『ええ、是非』
『よーし! じゃあ、ワタシク竜崎明、波乱万丈の人生劇をここに開演致しまーす! はい、みんな拍手~!』
 静音はこれ見よがしに車内で大きな拍手をする。車内の様子を見ている者が居たとしたら不審者扱いすること請け合いだ。
「う~ん、面白くなってきた。取りあえず最初の接触は成功。リールは見事に回転し始めた。何が揃うかは局長次第って感じね」
 スロットマシーンを想像しつつ、静音は満足気に腕組みをしていた。
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