MAS-S~四角いソシオパス~
最終話

「このSDカードに何が書かれてあったのかは知らないけど、横領の罪を被せたなんて見当違い。私はバレないようにもっと上手くやるもの。真里はその点、詐欺の能力がなかったってことね」
「詐欺の能力……」
「ええ、英語に略すと、ability(能力)of swinder(詐欺師)、ASって感じかしら。彼女にはASの才能が無い。利用できるものは何でも利用する、それくらいの気概がないと何もできやしないわ」
「じゃあ、真里さんはそれがショックで自殺したんですね」
「おそらくね。まあ自殺するのなら彼女は所詮その程度の人間だってことよ。私なら服役後に復讐するのに。でも自殺してくれて助かったわ。相手が刑務所じゃ、なかなか手が出せなかったもの」
(やっぱり、鏡さんが服役したのは沙也加さんの想定外。でも、それはつまり……)
 沙也加の話を聞くことで、ある考えが頭をよぎり、自分の推理が当たっているであろうこと推察する。勿論、それを沙也加の前で言える訳もない。
(恐ろしい人、沙也加さんは理解してないんだ。彼の本性を……)
 真実に近づきショックを受ける静音とは対照的に、沙也加は楽しげに話し掛けてくる。
「そう言えば、口座のことは久宝さんにバレてない?」
「え、ああ、大丈夫です。あの人は馬鹿ですから、私が同名口座を作ってたなんておくびにも思ってません。今頃は睡眠薬入りのコーヒーでぐっすりですよ。気づいた頃にはお金も私もドロンですよ」
「なるほどね。それにしても男ってホント馬鹿で騙しやすいわよね」
「同感です! でも、そんな鈍感なところが可愛かったりするんですよね~」
「そうそう。私も彼の優しいところや人の良さ、鈍感なところを含めて愛してるもの」
「うわ、ノロケられた! 熱い熱い。他人のノロケ話くらい下らないものはありませんよ?」
「ふふ、ごめんごめん」
 沙也加と静音はしばらく男の悪口や馬鹿話で盛り上がる。男性陣が聞けば自信を失うこと請け合いだ。
「あ、そろそろ時間だ。それじゃ私、そろそろ行きますね」
「ええ、じゃあこれが今生の別れになりそうね」
「そうですね、沙也加さん別人の人生。私も別人になっての海外逃亡。それに、同じ犯罪に加担した者同士、あまり接触しない方がいいですもんね」
「同感よ。静音ちゃん、ASの才能あるわ」
「あはは、沙也加さんにそう言われると自信ついちゃうかも」
「ふふ、じゃあ身体に気をつけて」
「はい、沙也加さんも」
 席を立ち頭を下げると静音は軽やかな足取りで店を後にする。その後ろ姿を見送ると、カップに手を掛けミルクティーを飲もうとする。しかし、空になっており一人苦笑する。
「はあ~、疲れた。これでやっと全てが終わったわね……」
 沙也加は満足気に伸びをする。この半年間で沙也加は心身ともにかなり疲労していた。何せ様々な出来事の連続で休まる日がなかったのだ。
「ああ~、近いうち温泉に連れてってもらおうっと」
 おねだり候補を考えていると、ウエイトレスこと早希が不思議そうな顔をして沙也加に話し掛けてくる。
「あのう……」
「何か?」
「あちらのカウンターのお客様からミルクティーのサービスを承ったのですが、お運びして宜しいですか?」
 トレイには既にミルクティーがあり、タイミングが良いと感心する。
「ありがとう。後、悪いんだけど、その人にこっちの席に来るよう申し伝えてくれるかしら?」
「わ、分かりました」
 早希は戸惑いつつもミルクティーを置き、足早にカウンターへと向かう。男を二三言葉を交わすと、ゆっくりと席を立ち、沙也加の正面へ座る。
「誰が鈍感だって? 聞こえてたぞ?」
「まあまあ、あれは言葉のあやってやつよ」
「どうだか? それより話は上手くいったか?」
「ええ、問題無いわ。予定通り半分の一億円で満足してたわ」
「そうか、ならいい。全て俺の計画通りになった訳だ」
「そうね、全てが上手く行き過ぎて少し拍子抜けしたもの」
「まあ俺から言わせれば当然さ。今回の計画が目的で安原生命に潜り込んだんだからな」
「うん、でもあの小娘なんかに一億も渡す必要があったの? 二億あった保険金の半分も」
「ああ、保険調査員を欺くには自分以外の駒がどうしても必要だったからな。人数が多すぎずかつ、ある程度ブラックな世界とも繋がりのある探偵を選んでSDカードを送ったのはそのためだ。使えただろ?」
「それはそうだけど……、ホント怖い人ね」
「そうか? 俺はオマエの悪女っぷりの方が怖いけどな」
「あら、お言葉ですけど明さんに敵う人なんていないと思うわ。横領の件で荒稼ぎして、バレそうになったら真里を唆して罪を擦り付けたでしょ? しかも、捕まってもずっと待ってるとか結婚詐欺的なことまで言っちゃって。今回の時空操作とか事故偽装も全て明さんが仕組んだことだし、天下無敵の悪人ぶりだと私は思うけど?」
「まあな。とにかく、全て済んだんだ。良しとしよう。これで盗聴器の前で演技する日々やダメ人間のフリともおさらばだ」
「そうね」
「よし、それじゃあ新居へと行くか。今回の保険金、一億で購入したマンションへ」
「え? マンション? それって雨宮さんが用意してくれた物件じゃないの?」
「当たり前だろ? 他人の用意した家なんて信用できるか? 俺が独自で誰にも知られず用意しといたんだよ」
「また、騙したわね?」
「敵を欺くには味方から、ってよく言うだろ? 俺の座右の銘なんだ」


 午後八時、都内某マンション。
「へえ、凄く綺麗でいいところね」
5LDKの室内には家具・家電も揃っており直ぐにでも生活できる環境が整っていた。ガラス越しに見える都内の夜景は勝利を祝福するかのようで、沙也加は嬉しくなる。
「いい眺め……」
「そうか?」
「うん……」
 感慨深げに景色を眺め続ける沙也加を、明は背後から優しく抱きしめる。
「お疲れ様、沙也加」
「ううん、いいの。全ては明さんのため……」
「ありがとう、愛してるよ、沙也加」
「私も、愛してる……」
 唇を交わすと、二人はそのままベッドに倒れ込む。それと同時刻、リビングのソファに置かれたマナーモードの携帯電話が唸りをあげる。当然ながら二人はそれに気がつかない。その着信メールには可愛いハートマーク付きで、こう書かれてあった。
『早く会いに来て。静音』


(了)
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