ドストライクの男

執事田中の言葉通り、それ相応の関連機関で調べると、小鳥はIQ209と稀に見ぬ天才能の持ち主ということが分かった。

検査にかかわった医師や大学の教授たちは、彼女の将来を思い、六歳になる小鳥をスイスの寄宿学校ル・レッドに預けるよう提言した。

そこは、王侯貴族や富裕層の子弟他、天才奇才が世界中から集まるボーディングスクール(全寮制の寄宿学校)で、卒業生リストには、そうそうたるメンバーが名を連ねる、云わば至極の人種が集まる名門中の名門校だ。

そこで試しに受けた入学試験の結果は、創立以来、誰も成し得なかったオールトリプルA。ちなみにトリプルAは評価中、最高値とされている。

この時、ようやく三日月は我が娘がギフテッド(生まれながらに顕著に高度な知的能力を持つ人物)だと理解し、複雑な思いに駆られた。

当然のことだろう。愛しい我が子のことだ。
例え能力が特殊だからと言って、十歳に満たない子供を親の元から引き離すのだ。最良の選択だろうか、と悩むのは当たり前だ。

だが、それは表向きで、単に三日月は小鳥と離れるのが寂しかっただけだ。
結局、最後まで駄々を捏ね、渋っていたが、周りの熱心な説得に、タイムリミットぎりぎりで諦めの境地に至った。

「パパ、小鳥ちゃんとお別れするのはメチャクチャ辛いけど、我慢する」

日本を離れる小鳥を、何度も「愛している」と言って抱き締め、涙ながらに思いを伝えた。

「ママは身体は弱かったけど、心はパパよりも強かったわ。こんなパパを心から愛し、命を懸け『愛』を残してくれた。貴女はパパとママの宝物よ」

そして、その『愛』とは小鳥のことだよと。

この時、小鳥の頭に無限大記号が浮かび、『親の愛』=『無限大』の等式を完成させた。

「パパ、泣かないで。日本とスイスなら、片道約十二時間強の飛行時間だし、空港から学校までは、ヘリコプターですぐでしょう」

大泣きする父を冷静になだめ、スイスに飛び立った小鳥は、ル・レッドに特待生中の特待生として迎えられ、飛び級やら何やらで大学院を十五歳で卒業し、十八歳まで教授の助手として数々の発見に助力した。

そして十九歳の現在、父の命で帰国してからは、本来の身分を隠し、表の顔は桜木三日月の遠縁として、B.C. Building Inc.ビルメンテナンス部クリーニング課に所属し、『ビルクリーニング技能士』(国家資格)を所有する一人として働き、裏の顔ではビル全体の監視を三日月に代わり担っていた。

このことを知っているのは執事田中だけだ。

だが、バレたとしても、化粧っ気のない顔に大きな黒縁瓶底眼鏡を掛け、髪を一括りにし、深くキャップを被り、ダボダボユニフォーム姿のダサダサな小鳥を、三日月の娘とは誰も信じないだろう。

おまけに天才故か、中身に比例する行動は奇想天外なもので、ベリ子を筆頭に周りが小鳥を『不思議ちゃん』とか『不思議星人』とか思うのも無理ないことだった。

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