追憶
第四話

 太一からなされた突然の告白に芽衣子は固まってしまう。
「どういうこと?」
「そこはまだ思い出せないか。じゃあ、姉さんの部屋に行ってみようか」
 戸惑いながらも、先を歩く太一に着いて行き、二階の一室に向かう。何の変哲もない和室だが、部屋の雰囲気を受けてドキドキし記憶が蘇ってくる――――



――高校二年の夏、身体の大きくなった芽衣子に直接暴力が振るえなくなった母親は、無視することで感情表現をしている。芽衣子も無視し互いに干渉しないのが暗黙のルールとなっていた。
 一方、太一とは相変わらず仲が良く、家が針のむしろになっていないのは太一の存在が大きい。学校から帰るとちょうど自室から出てくる太一と目が合う。
「おかえり、姉さん」
「ただいま、太一」
 挨拶だけ交わし自室に足を運ぼうとすると、太一に呼び止められる。
「あ、相談があるんだけど、後で部屋に行っていい?」
「ええ、もちろん」
「コーヒー容れて行くから待っててよ」
「ありがとう」
 いつもどおり優しい太一に嬉しくなりつつ、芽衣子は自室で太一を待つ。ほどなくしてドアがノックされ、開けるとマグカップを両手に持った太一が入ってくる。コーヒーを受け取り招き入れると芽衣子が本題を聞く。
「悩みってなに?」
「恋の悩みなんだけど」
 予想してなかった返答に芽衣子は一瞬戸惑う。
「そ、そう。具体的にどんな悩みなの?」
「好きなんだけど。たぶん叶わないところかな」
 中学二年という多感な時期なわりには太一はオープンに話す。
「叶わないって、なんで決め付けるの? 太一なら、可愛いから大丈夫よ」
「いや、いろいろと問題があってね」
「問題って?」
「好きな相手が姉さんってことかな」
「えっ?」
「姉さん。芽衣子さんが好きなんだ」
「からかってる?」
「本気」
「それって異性としてってことよね?」
「もちろん」
 太一からの即答にマグカップを持ったまま芽衣子は固まる。
「姉ですけど?」
「だから相談してる」
「相手である姉に?」
「そうだよ」
「それは諦める方向でお願いしたいわ」
「相談の方? 恋の方?」
「両方」
「それこそ無理な話だよ。俺、本気だもん」
 事もなげに答える太一を見て芽衣子は呆然とする。
(好きって言われるのは嬉しいけど、それは姉弟としてだ。恋人同士とか絶対ありえない)
「太一、無理だから」
「俺も諦めるの無理」
「私の気持ちより自分の気持ちを優先させるの? それで私が傷つくことになっても良いのね?」
 芽衣子の真剣な目つきに太一も気圧され視線を伏せる。
「本当に私のことを好きなら、どうするべきか優しい太一なら分かるわよね?」
「ずるいな。そういう言い方されたら退くしかない」
「退いてくれたら惚れ直すかもよ?」
「うわ、リアルで小悪魔を見たよ。くっそ、やっぱ姉さんには叶わないか」
 苦笑いする太一をみて芽衣子は安心する。
「それでいいのよ。太一はそれでいい。そんな太一が私も好きだから」
「嬉しいけど、それって弟としてだよね?」
「ええ」
「ちぇ、なんか上手く丸め込まれた感じ。上手くいかないな~」
 絨毯で大の字に寝そべる姿を見て芽衣子は問いかける。
「いつから私のこと、そういう目で見てた?」
「ん、小学生くらいかな」
「えっ、それちょっと早すぎない?」
「いや、だって姉さん、僕と全く血の繋がりないんでしょ? 母さんからよく言われてたんだ。姉さんは家族じゃないって」
 太一は寝転びながら顔だけを芽衣子に向ける。
(再確認したけど、最低だなあの女)
「確かに繋がりはないけど、私は太一を家族だと思ってた。太一は違うの?」
「俺だって家族だと思ってたよ。ただ、姉以上の憧れとしてだけど」
「そういうことね。そっか、う~ん、でも、やっぱり付き合うとかは無理かな。太一はどこまで行っても私の大事な弟だもの」
 笑顔で断言する芽衣子を見て、太一は諦めたように首を真後ろに倒していた。


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