追憶
最終話

「草野さんは守護霊として、芽衣子を太一君から守っていた。これが真実だったのね。私に草野さんを紹介してなかったのは、紹介したくてもとっくに亡くなっていたから……」
 芽衣子の説明を受け郁子は感慨深げに呟く。生前と守護霊時に過ごした昌弘との記憶は鮮明に戻っており、涙と共に楽しかった思い出も蘇る。
(昌弘さんの言葉は最初から最後まで本当だった。なんでもっと早く気づいてあげられなかったんだろう……、ごめん、ごめんなさい、昌弘さん……)
 涙する芽衣子を郁子も悲しそうな目で見つめる。夕闇迫る誰もいない屋上で、しばらく並んで佇んでいたが芽衣子の方から切り出してくる。
「全て終わった。ここに居ても意味ないし、帰ろっか」
「ええ、そうね」
 踵を返し、去ろうとした刹那、芽衣子はあることに気がついてハッとし立ち止まる。
(えっ? どういうこと!? そんな馬鹿なこと。じゃあ、もしかして……)
 過去の言動が全てフラッシュバックのように蘇り、芽衣子の脳内を駆け巡る。しかし、肝心なところになるともやもやとし、ハッキリとは思い出せない。
「私、まだ大事なことを思い出せてない気がするの。でも、いくら考えてみても答えが出ない。考えていると胸が苦しくなるし、切ない気持ちにもなる……」
 今にも泣きそうな芽衣子の顔を見て、郁子も辛そうな表情になる。そして、唇を強く噛むと搾り出すように口を開く。
「芽衣子、ごめん……」
「郁子?」
「私が悪いんだ。全部、私が……」
 苦渋の色を浮かべる郁子の目には涙が溜まっている。
「本当は分かってた。草野さんがメイを心配して守っていたってことも、太一君がもうこの世にいないってことも……」
 衝撃的なセリフに芽衣子は目を見張る。
「郁子、じゃあやっぱり貴女も霊感が?」
「ええ、生まれつきね」
 悲しげな表情で語る郁子を見ているだけで、胸の鼓動はどんどん大きくなっていく。そこへ屋上の扉が開き碧が顔を見せる。
「あっ、やっぱりここに居た。さっき階段上って行くのがチラっと見えたけど来てたのね」
 スーツ姿の碧は歩み寄り口を開く。
「郁子、なにやってるの? もう会社閉まるよ?」
「ごめんなさい。ちょっとね……」
 郁子は相変わらず浮かない顔をしている。
「郁子が何を言いたいのか分からないけど、碧も来たし話の続きはまた後に……」
「メイ」
 芽衣子の言葉を遮り郁子は語る。
「ごめんね。私が貴女を苦しめてたんだ」
 意味が分からず芽衣子は首を捻る。
「引き止めたりせず、ホントは諭すべきだったのに。私が現実を受け止めるだけの心の強さがなかった……」
「郁子? 貴女一体なにを……」
 二人の会話を無視するかのように碧が割って入る。
「郁子? さっきから独りで何ぶつぶつ言ってるの? 早く行こう」
 碧の言葉で芽衣子は訝しがる。
「碧?」
「碧、先に行ってて。生理でちょっと調子悪いだけだから」
「分かった。無理しちゃダメよ?」
 去っていく碧を芽衣子は呆然と見つめる。
「ごめん、メイ。私、愛する貴女の死を受け入れなれなかった。だからこの世に縛られた貴女の想いを聞きつつ、貴女を失ったことから目を逸らしていたの」
 自分が死んでいると聞き芽衣子の鼓動は早くなっていく。それと同時に郁子が自身に抱いていた想いも蘇る。
(思い出した。そう、郁子は大学のときから私のことを恋愛対象として見てた。それこそストーカーなみに。だから草野さんのことも言えなかったんだ……)
「貴女は、一ヶ月前の交通事故で亡くなったの。自分が死んだことを含め、その前後の記憶すら無くし霊としてこの世に彷徨っていたのよ。思い出してきたでしょ?」
 郁子の言葉が耳に入り、芽衣子の記憶は鮮明になっていく。
(そうだ、私はあの事故で病院で運ばれ、一時は意識が戻ったけどその後……)
 静かに眠る自分の姿を真上から見た光景が鮮やかに思い出され、芽衣子の顔は青くなる。
「私のエゴだった。大切で愛する貴女が、私との約束を急ぐあまり死んだなんて思いたくなかった。霊としてでもいいからずっと側にいてほしかった。でも、結果それはメイ苦しませる行為だったんだね。もっと早く言うべきだった……」
 そう言った後、涙を流した郁子の笑顔は芽衣子がこの世で見た最後の光景となった。
「さようなら、芽衣子」



(了)
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