秘密の告白~おにいちゃん、あのね~
 基本的に僕の仕事はこどもたちの相手だった。

あとは高いところや重いものの運搬だったり、子供たちの勉強をみたり、とさほど難しいことを要求されているわけではなかった。

そうして1週間が経とうとしている頃のことだ。

 その日は珍しくトラがいなくて、子供たちもなんとなく固まって遊んでいて僕は手持無沙汰だった。
そんな時は雑巾片手に掃除を始めるのだけど、ずっと気になっていたあの子に声をかけてみることにした。

「うさぎがすきなの?」

 腰を少しおるように目線を合わせてみた。

 彼女は園にくると、いつも決まったうさぎのぬいぐるみを抱きしめていた。
尋ねてみたはいいものの、返事もなく彼女はただ視線を落としたまま、その手の力をすこし強めるだけだ。

壁にもたれたまま動かない彼女の心にはどんな想いが詰まっているのだろうか?

「……待ってるの?」

 ふと口からこぼれた言葉に、彼女はぱっと顔を上げた。

その表情は今にも泣きだしそうで、僕は戸惑ってしまった。


「あ、ごめんね。なんとくそうなのかなって思っただけだから……。誰にも言わないよ」

 彼女が小さくうなずくのを見て、僕は彼女の正面に向き直り膝を抱え込むように顔を覗き込む。
僕は右手を軽く握り小指を突き立てて差し出した。

 誰を待っているとか、どうして周りの子と遊ばないのかとか、もっと気になることもあったのだけれど、まずは彼女の声を聴いてみたいと純粋に思った。

「……ほんと?」

「うん、誰にもいわない。約束するから」


 小さな震える声に、僕は思わず嬉しくて頬が緩んでしまった。

おずおずと差し出される小さな小指を絡ませ、小さな小さな秘密ごとを僕らは共有した。

「ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたーら……」

 僕だけ楽しそうに歌っていたのだけれど、彼女もすこし恥ずかしそうにうさぎのぬいぐるみを抱きしめていたから、きっと心の中で歌っていたのだと思う。

「ゆーびきった!」

 パッと手を離すとにっこりほほ笑む彼女。

そんな彼女の耳にこっそり手を当てて小さな声で話しかける。

「ねえ、君の名前を教えてくれる?」

 目を丸くして、もじもじと視線を泳がせた後震えるように彼女も僕の耳に手を当てる。

「おにいちゃん、あのね……」

 本当は知っている君の名前。

理由を付けて、君と話がしてみたかったんだ。

「はるきだよ」

 鈴がなるような可愛らしい声になんだか胸がくすぐったくて、少しだけ、胸がきゅうっと締め付けられたんだ。
< 11 / 44 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop