心理戦の100万円アプリ

決着

 ケンジとタバコを吸いに灰皿のある中央応接間に行く。

「優くん、あと四人になったね」

「うん、高3かモヒカンか」

 意識してる訳でもないのに小声になり、胃が痛くなる。ケンジは手を広げて、無理があるテンションではしゃぐ。

「俺ら2人で勝ったら終わりじゃん! 賞金山分けしてさ!」

「モヒカン……倒せるのか? 高3もほぼ謎のまま」

 今更明るくなんか出来ない。

「勝負仕掛けてくるのはどっちなんだろ。優くん倒し方知ってるんだろ!? 教えてくれよ」

 歯を強く噛み、暫く考えて口を開く。

「解らない、頭もどこまでいいのか知れないし、あの否定! 攻撃は手が出せない。それを今回まだやってないのも気になる」

 ジジ……とタバコの灰が僕の右膝に落ちる。

「そうか、無敵か。俺の無敵のトランプが勝つか、モヒカンが勝つか」

「モヒカンがトランプ勝負に乗るとは思えない」

「じゃあ、否定! ってやり返せばいいじゃん!」

「同じ手法で負けたら即追い込まれるぞ? すぐ思いついた案で対抗できるとは思わない」

 灰皿に力を込めてタバコを押し付ける。焦りばかりで何も解決できずに時間だけがなくなっていく、くそ!

「もし負けたらいったい何百……」

 横に飾られている花柄の壺がカタカタ鳴るほど怒鳴る!

「やめろよ! 勝つことだけを考えよう」

「高3とモヒカンが勝負したら?」

「それもない、僕ら2人に戦線布告してきているんだ」

 案が浮かぶまで勝負は避けたいが、ふっかけられたらアウト。

 すると洗面台からモヒカンがやってきた。

 雷が瞳にピンポイントで落ちた様にビックリして灰皿を叩いてひっくり返してしまった。
 モヒカンは前のツンツン頭にして、異常な量のピアスにしてきた。
 高3も唖然の顔で口を少し開けて見ている。真っ直ぐ僕らのほうにやってくる! 僕か! 賢次か!?

「茶髪ぅ、ハートブレイクだ」

 異常に接近してケンジの耳を舐めながら宣言をした。
 耳を服で拭きながらケンジは後ろに一歩下がる。

「もう後1時間後じゃあ駄目か?」

「駄目ぇ今すぐ」

 先程までの論議をしていた人物とは全く別物! イカれた怪物!

「なら勝負はここだ、個室にはいかない」

「いいよぉ。ふひひ」

 ソファーとソファーと対面する様に2人は座ると、ケンジは真ん中に小さなテーブルを置く。

「ならハートブレイクだモヒカン」

「これで決まりだ」

 パチンパチン。
 始まった、催眠の指鳴らし! 僕は少し離れてキッチンの椅子に座り親指を噛んで必死に観察する。

「まずトランプでババ抜きしよう」

 モヒカンは机を大きく叩く。

「駄目えぇぇぇぇぇえ! 拒否! 拒否! 拒否!」
 パチンパチンパチン。

「じゃあトランプ配るよ、簡単なババ抜きだから」

 モヒカンはトランプを床1面覆い尽くす様にトランプをはねのける。

「駄目ぇ! 絶対拒否! お前拒否! 拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否拒否!」
 パチンパチン。

 ケンジは落ち着いてケータイに喋る。

「トランプ勝負はなんとかできないのか?」


「相手の同意がないと無理です」

「お前ケータイからも拒否されたな!? ふぃっひひ! 拒否されたな!? 拒否だよ! 拒否! きょーひー!」
 パチンパチン。

 ケンジの顔が真剣な表情から怒りの感情に変化して行く。

「モヒカンも否定されまくってるんじゃないのか? そんな格好誰からも愛されないだろ」

 パチンパチン。

「人を見た目ではんだするお前可哀想。残念、そして否定! 否定! 人間浅はか否定!」
 パチンパチンパチン。

 ケンジは片耳を手で顔面の半分をしかめて塞ぐ。

「おい! 話しは聞けよ! 会話拒否はポイント、俺にくるんだよおぉぉぉー!? それも拒否なんだよ!拒否!」
 パチンパチン。

「会話になってないじゃないか!」

「ほら、怒ったからポイントゲットー。全部からも拒否されてるな! 親も何もかもお前なんか好きじゃない!」
 パチンパチン。

 指鳴らしの感覚を短く激しくして行くのが解る、感情を煽ってるのか。

「トランプで勝負したいっていってんだよ! クソ野郎! 会話が成立してるなら出来るだろ!?」

 駄目だケンジとモヒカンの相性は最悪だ!

「ふひひ、またポイント。それも拒否! 拒否! 拒否! 今のお前見て親はなんて言うかなぁ? 勿論拒否だよ! 終わってるな! ひぃひひ!」
 パチンパチン。


「お前このアプリのハートブレイクどう思ってるんだ?」

「ふぃひひ、楽勝。お前すぐ拒否られて追い出される! 否定だよおおおおお!」
 パチンパチン。

「じゃあトランプ無しでいい、論議しよう!」

「お前馬鹿? 論議するまでもねぇの。拒否だよそれ、きょーひー! 拒否拒否拒否!」

「ぐ、んんん」

「黙りこんだな? 否定が勝ったか? 永遠に否定だよ! 否定!」


 ……僕と全く同じパターンだ、5分もつのかも怪しい。
 くそ! 弱点が見つからない!
 折角個室じゃないところで、僕にヒントを見つけられるようにしてくれたのに。


 ケンジが俯いてしまっている……!
 駄目だおわる!
 ケンジはもうなす術がないと一早く悟った様に、賢次は顔をぐん! と急にあげた。
 そしてモヒカンを指して宣言する。

「俺じゃ無理だった。けどお前優くんに負けるぜ。ポイントの無駄だ、もう俺の負けでいい」

「ふぃひひ、つまんねえなあ」

 ボーカロイドがスピーカーから喋る

「はい茶髪君ゲームオーバー! とっとと荷物まとめて帰りやがれ! 残りの三人はたのしんでね」

 イかれてる、ボーカロイドもモヒカンもこのアプリも……。

「あ、茶髪ぅ。トランプやってやろーか?」

「てめえ! ぶっ殺す!」

 ケンジがモヒカンの胸ぐらを掴む様子は本当にそのまま殴り殺してしまうのではないかと僕の身体を急かさせた。

「やめろ! ケンジ! ペナルティ500万だぞ! ……それにもう終わったんだよ」

 ケンジは僕のほうを泣きそうな顔で見ながら手をゆっくり離し、座り込んだ。

「……っそお!」

 散らばったトランプを拾おうとすると、ケンジは一切触らせないように片付けると、モヒカンの顔を凝視した後、荷物を取りに行った。

「連絡待ってるから」

 とだけ目線も合わせず言うと、大きなリュックを背負って出ていった。

 この何時間かの間に三人組が1人になってしまっている。
 そして、僕にも高3とのハートブレイクが残っている。僕は高3に声をかけた。

「高3はいつがいい?」

「いつでもいいよ」

「じゃあ今しよう。ハートブレイクだ」

 ゲームをポケットにしまうとこちらの顔を見つめてくる。初めて目が合うな、おかっぱの奥には真っ直ぐな綺麗な瞳をしてる。

「ハートブレイク」

「個室でいいかな?」

「どこでもいいよ」

 個室に入り鍵をかける。高3は観察しながら余りにもゆっくり座る様子に少し苛立っているように見えた。

「どんな話しをする?」


 僕はさっきのケンジのショックが抜けてなかったが、何か勢いで早くやってしまいたかった。
 この勝負に何も考えは無い。

「じゃあ毎回してるんだけど、質問とかに答えてよ」

「OK解った」

 高3は少し姿勢を正し肉食動物が狩りをする前のように憎しみの目線を送ってくる。

「なんでこんなに大人は汚い?」

「否定しないよ、汚いな」

「なんでこんなに不公平なんだ? さっきも議題出たけど」

「解らない」


 解らないは、ハートブレイクでは付け込まれるタブーだ。
 しかしこの少年に真っ直ぐぶつかってみたかった。

「なんで勉強を押し付ける? 大人は」

「解らない」


 反撃も出来る程幼く、ストレートな話題だけど嫌いじゃないな。

「大人になっても世界は暗い?」

「うん、暗いよ」


「なんで反撃してこない? まだ材料が必要か? 僕はその反撃を全て今まで撃ち落としてきた」


「質問、続けていいよ全部聞く」


「なんであんたはそんなにだらしない?」

 言われている通りで少し目を閉じて、柔らかく笑ってしまう。

「なんでだろう、解らない」

「なんで僕の人生上手くいかない?」


「解らない、僕もうまくいかない」

 そうか、こんな気持ちになる理由が何故か解った。
 この高3は僕と同じだ、高校3年の時の僕だったんだ。

「あんたスラッシャーとかする気あるの?」


「ない。ヒーラーもする気はない」


「じゃあなんなんだよ、このハートブレイクは。僕が一方的に攻撃でもいいのか?」


「構わない。けど君がどんだけ頭がいいかも解ってるつもりだ」


「レベル推し量られたら終わりだよ、勝ったつもりか?」


「解るんだ、それが」


「何で?」

 お互い顔色を大きく変える事もなく、会話が流れて行く。


「君は僕とそっくりなんだ、昔の僕だ」

「なんでそう思うの?」


「議論聞いてて思った。頭がいいにも種類がある、その系統が一緒なんだ」


「仮にそうだとしても、負けるつもりなのか?」


「負けるのも嫌だし、勝つのも嫌になってきた」


 高3はようやく動きを見せ、少し力を抜いて座り直した。


「僕も壊したり、癒したりはもう嫌だ。ただ噛み付いてくるのを、僕が傷つかないために跳ね返してただけなんだ」


「高3……ごめん名前忘れた。なんだっけ?」


「古市真也だよ、あんたは?」


「古市君か。僕は渡辺優だよ」


「あんたみたいな大人ばかりだったらいい」

 ここにきて声を大きくする。

「え? なんで? 僕みたいな人間ばかりだと日本崩壊するよ?」


「なんでも決めつけないで、偏見もない。ここで唯一グループが作れた程だもの、僕には出来ない」


「うん、でもどちらかが落ちないといけない」


「そうだね、渡辺さんは僕より頭がいい自信あるの?」


「それも解らない」

 僕は苦笑いで顔を歪める。
 親しみを込めて。

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