心理戦の100万円アプリ

黒幕

 
「全国的に雪の予報が出ています。お二人も部屋で睡眠を取って下さい」

 腕を後ろに組んだ運営の仮面スーツが無表情な声で淡々と喋り、左手を階段に向け、移動を促す。

 彩子と無言で階段を上がり、心配そうにこちらを見てくるが構う余裕がない。

「とりあえず何も考えずに寝ましょう。優くん、疲れすぎよ」

 言い放つと片手で顔を抑えて彩子は自分の部屋に消えた。
 畜生……、何が心理戦だ、何が賞金だ、何がゲームだ。
 無茶苦茶だ、ここまで人の人生巻き込んで運営の目的なんか知ったこっちゃない。
 殺してやりたい。
 自分の部屋のベッドの上に座り、包帯が巻かれたこぶしを強く握る。

 笑い声が響く中、横になり抑えられない怒りを心で叫びながら意識は予兆もなく途切れた。


 包帯を巻いた手を握った時の激痛で、意識が目を覚ました。

 感覚的にだいぶ寝た気がする、充電器に繋がれたケータイを取る為に寝返りを打つと、座ってこちらの様子を見ていた彩子が目に映った。

「おはよう優くん、今は午後の4時過ぎよ。勝手に入ってごめんなさい」

 頭を掻きながら、寝る前の出来事と4時過ぎの情報をゆっくり整理する。

「ごめん、起こしてくれてよかったのに」

「起こしにきたけど、全然起きなかったから待ってもらってたの」

 状況判断ができてくると、心臓が胃痛となり緊張を思い出して、彩子の真剣な目つきが視界に入る。

「どういう事?」

「もう到着したの、次の四人。1時間ほど前よ。ケンジとモヒカンもまだ部屋で待機してるみたい、まだ顔も見てないけど全員起きて準備が出来てから下にこいって言ってたわ」


『コンコン』

「準備が出来次第下にお集まり下さい」

 ドアの向こうからの呼び出し、不良に絡まれるより気分が悪い。
 少し暑い、部屋というよりこのコテージ自体が暖かいみたいだな。

 シャツ一枚になりタバコとケータイをポケットに突っ込むと、彩子と目を少し合わせて頷くと先陣を切って階段を降りて行く。

 いる、ケンジ、モヒカンと相手四人。手前の2席が僕らの席か。

 直ぐにケンジが目を合わせて睨みを効かせてくる、足を止めて睨み返してやる。

「もう切り替えて。相手を間違えないで」

 彩子はケンジの隣に先に座る、僕も手前に腰掛けてゆっくりと目を閉じる。
 ここからが切り替え、もうゲームからは降りない。勝つことだけを……。

 ゆっくりと目を開けてその四人を見る。
 まず、老人紳士と目が合いニコリと笑顔を作ってくる。
 高そうな白スーツにブローチ、丸眼鏡に横わけの白髪、昨日の金持ちとは違う気品を感じるな。
 攻撃的な雰囲気が一切無い。

 その隣は、背は小さいな。黒いセーターにジーパンか、黒短髪だが目が特徴的だ。
 優しそうだが怒ると怖そうな少し鋭い目が印象だ。常に下を見ているが姿勢が良いのが目立つ、40歳くらいだろうか?
 多分普通の職業ではないな。

 続いて、若さが抜けきらない真っ直ぐな目をした茶髪ロングの女の子。
 白セーターに、白マスク。表情が読み取れない。

 最後に1番奥の女、目立ちすぎる。
 ツインテールに結んだ髪に、顔は何もメイクした様子はないが半袖の黒のゴスロリの服。
 異常な量のピアス、真っ赤な口紅が目立つ。攻撃的な雰囲気はないが、モヒカンと似た威圧感がある。

 左手の二の腕からはマリアのタトゥーが見える、こいつらと何をやらされるんだ……。

「皆さん分析は終わりましたか? そう緊張なさらずに、まだ始まってないんですから。まず先程の面屋さんの行き過ぎた行動を謝罪したい、彼は1人でやらせてくれとしつこくて……。それと私は丸山光弘と言います、ところで私は何歳に見えますかな?」

 僕ら四人は老人紳士を見るが何も答えてやる事はしてやらない。

「ほっほ、場の空気が少し読めていませんでしたな。この100万円アプリを会社を動かして作ったのが私です、黒幕に一応なるのかもしれませんね。この3人、車椅子の面屋さんもアプリ作成に関わった人間ですよ」

 白い髭を撫でながら上品に笑う、老人紳士の丸山。

「あんたが発起人か? 何が可笑しいんだよ」

 ケンジが殺意を感じる程の感情を込めた視線で老人紳士の丸山に噛み付く。

 すると黙って下を向いたままの茶髪ロングの女の子は小さいピンマイクを持って口を開く。

『チッ……。うるせぇなあ、最後まで黙って自己紹介聞けよ』

 見ている現実があるのに、それでも信じられない事が目の前で起こり固まってその女の子を凝視してしまう。
 そんな馬鹿な、この声と口調はあのボーカロイドの音声!

『ボーカロイド、イヴを担当している女子大生の谷口千恵子だよー、よろしく!』

 本物だ、あのマイクであの谷口って女の子が喋っていたのか。

 モヒカンと多少喋るタイミングが重なるが大きめな声で僕は疑問をぶつける。

「何人もプレイヤーはいたんだ、まだその『イヴ』は他にもいるのか?」

 女子大生の谷口はマスクをアゴの下にずらすと、マイクを使わずに少し右の口角を上げて説明しだした。

「私1人だよ、ルール系は録音。モヒカンさんと渡辺さんのハートブレイクの時は楽しかったなあ」

 絶句して固まっていると、小男が顔を上げた。

「池本心と申します、武道の師範として弟子を指導する仕事をしています。えと……おいくつに見えますか?」

 女子大生の谷口はマイクでイヴの声で池本の肩を叩いて笑う。

『あはは! 池本さんのキャラじゃないでしょお? 無理しなくていいから、ね? ほんと池本さん面白いのよ。鉄より硬いんだから』

「ぐむ、谷口さんが勧めた事だったのだが一本取られたか」

 背筋を伸ばしたまま下を向く武道家と言う池本、なんだこいつら本気なのか?

『みんな愉快でしょう? さ、ナオさん自己紹介してしまいましょう』

 老人紳士の丸山は手を叩き1番奥に座るゴスロリに自己紹介を促す。

 ゴスロリ女は目線を斜めしたに置き、小さい声でボソボソと口を開く。

「村田奈緒です、21歳……お、終わりです」

『ナオちゃんは予想通りの自己紹介! はいよくできました、拍手!』

 恥ずかしそうに下を向いてそのまま黙り込みだした、こいつらハートブレイクする気あるのか?

「老人、これに勝てばゲームはクリアなのか?」

 モヒカンの質問に老人紳士の丸山は笑顔で答える。

「この次が最後です、アプリについて聞かないのですか? モヒカンさん」

「いいよ、次がまだあるなら聞いても聞かなくてもどうせハートブレイクするんだろ。優勝してから聞く」

「そうね、やっと黒幕のおでましだものとりあえずさっさとゲームして終わりにしたいわ」

 眼鏡をかけて戦闘態勢の彩子。もう全員腹は決まってるか、どんな理由でも勝負はする事になるしな。

『では司会進行はこのイヴがしていくよー! 勿論私も参加します、私達はピープルの部類ですがこれはもうプレイヤーとアプリ側の勝負。気になるルールですが……なんだっけ? 丸山さん』

 女子大生の谷口は頭をかしげる。

「ふざけんな、殺すぞ。さっきから笑えないんだよ」

 モヒカンは眉を眉間に寄せてタバコに火をつける。

『あー、思い出した。ごめんなさーい、嫌いにならないでね? 簡単にハートブレイクをしてもらいます、お題は無し。ただし、持ちポイントは四人全員1人10000ポイントのハンデが与えられます。勝負の判断はこちらで勝手に決め、異論は認めません』

「1人10000ポイントのハンデ!? なんでそんなに!?」

『渡辺さん、それくらいないと話しにならないのよ。一回で全員多分終わるから』

「黙れ渡辺。もうここまで来て何があっても驚く事はねぇ、どうせマトモに来るはずはないし思い込んだら負け。いいぜ、ハートブレイクだ。お前ら四人全員に」

 モヒカンを口火にこちら側全員もハートブレイクとだけ宣言する。

『やっぱりゲームはこの宣言が痺れるのよねえ、勿論こちらも全員分代弁してハートブレイクですよお』

 イヴの意味わからないし、本当にこいつらがアプリを作ったっぽいな。
 楽しんでるようにしか見えない。

『誰か1人でもプラスポイントを守る事ができれば勝利。勝つ事はあり得ないけどできるだけ頑張ってね!』
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