心理戦の100万円アプリ

それは「永遠」なのか?

 般若の仮面を取ると乱暴に下に投げつけた男は、歯ぎしりが聞こえてくるような血走った眼で叫ぶ。

「このアプリからの借金で人生がメチャクチャだ! お前のせいでな!」

 この館で1番最初に脱落したハイエナ男だ。なんでここに?
 まだ借金はなく逆に大金を貰えるのを聞いていないのか。

「アプリにしつこく連絡をしてきて、困った事にアプリ会社までつきとめてしまいまして。もう1度チャンスをくれと言うので、了承しました。ケンジさん、もう手加減せずにハートブレイクを受けて下さい。話しはそれから進みます」

「よく解らないけど勝てばいいんだね? いいよ」

 丸山とケンジの会話からするに、ケンジはまだ全てを把握してないらしい。今更ハイエナ男に負けるケンジではないだろうが、手加減でもしてやるのか?
 何が始まるんだ。

 ハートブレイク専用であろう対になったソファに腰掛けて膝に手を置き、ガラ悪く睨むハイエナ男。借金がなくなる事が知らないとしたら後がないはず。

「ルールは決めていいと聞いている、俺に最も有利な条件な事を考えれば負けはしないと必死に考えたよ。茶髪、ハートブレイクだ」

「ハートブレイク」

 ケンジからは何の感情も感じ取れない、集中した様子もないがそのままハートブレイクと受ける。

「ルールは、ヒーラーで勝つこと。俺の今の借金の不安を消す事だ」

 なるほど、ハイエナ男のルールなら必然と借金がなくなる運び。しかし、借金がなくなる事を言えば終わる話しだ。

「はぁ」

 溜息をつくケンジはソファに肘を置き、顔を傾けて見下すように気怠そうな態度を取る。

「アプリ側だろ? 俺の借金を消せ」

「やだ」

 ソファとの間は1m程、ケンジは何考えてんだ。すぐ終わらせるんじゃないのか?

「ふざけるなよ! ヒーラーでそうしないとお前は勝てないんだぞ!?」

「知らないよそんなの。借金いくらあるか知らないけど勝手に死ねよ」

 ケンジの見下す態度は変わる事はなく、みるみるハイエナ男の怒りが爆発していく様子が顔に出ていく。

「俺には妻と子供がいるんだ、俺だけの人生じゃないんだ! 早くヒーラーしてこいよ!」

「だからやだし、知らないって。3人で首でも吊れよ。たかだか金だろ? もういいよ、お前死ね」

 ケンジはどこからヒーラーに転じるつもりだ? あからさまにスラッシャーの流れだ、もうハイエナ男が駄目になるぞ。

 それよりあれがケンジなのか? 昨日まで笑っていたのは本当に同一人物?

「白スーツ! みろ、スラッシャーしてきてるぞ、俺の勝ちだろ。ジャッジしろ!」

「ばーか、お前のルールを俺がいつ了承した? 丸山さんが了承しただけだろ。俺はハートブレイクを挑まれて、勝手にルール押し付けられただけだよ」

「ぐ! なら、白スーツのジジイに非がある! アプリ的には俺が勝っているはずだ!」

 ハイエナ男は立ち上がり一歩ケンジに近寄ると、格闘家の池本が無言で2人の間に近づくのを見て立ち止まる。

「あー、ならハイエナ男の勝ちでいいよ。おめでとう」

「ほら、俺の勝ちだ! ははは、逆に大金になるんじゃないのか!?」

「勝ちはいいけど、もうあんたはプレイヤーじゃないんだ。俺はただ知らないやつに絡まれてハートブレイクに負けただけ。勝利はハイエナ男、でも借金はそのまま。はいお疲れ様」

 ハイエナ男は、言葉にならぬ怒号をあげケンジに右手を振り上げて襲いかかる!
 瞬時に格闘家の池本が間に入り、ハイエナ男が宙に回ったと思うと手首の関節を絞られ抑えつけられてた。

「ハートブレイクやらルールにとらわれすぎなんだよ、本質を考えれば簡単だろ。頭がいいなんて所詮何の特にもならないのさ、ありがとう池本さん、終わるまで向こうで抑えつけてて」

 首を伸ばしケンジを睨むのを、無言で池本に連れていかれ、ハイエナ男は横で抑えつけられた。
 叫ぼうと口を開ける瞬間に顔が苦痛に歪んでいる、きっと関節を捻られているのだろう。
借金が帳消しになりそれなりの金が貰える事が知らないとすると、さぞケンジを恨んでいる事だろうな。

「お見事です、ケンジさん。では本題で宜しいですな?」

 全員を見渡す丸山さんに皆頷く。

「まずはEdenをケンジさんが辞めた理由からアプリに参加する流れを本人からお願いします」

 ケンジはソファで両膝に肘を置いて下を俯き、その過去を話しだした。

「俺は小さい頃にシングルマザーの母親に施設に預けられたんだ、生活が厳しくて『100万円』貯めたら必ず迎えに行くと言われてね、そのまま中学を出るまで迎えはなかった。卒業してすぐ母親に会いに行ったよ」

 タバコに火を付け、だらりと脱力した様子で、ふうと大きく煙りを吐いて一呼吸置くケンジは、今まで見せたことのないような辛い表情だ。
 これが本当の顔……か。

「知らないって追い返されてさ、その時にEdenのサイトに出入りしだした。精神論で戦うとこで、それを最終的に笑いに変えて、その小さな平和で自分を慰めた。その間馬鹿みたいにバイトに明け暮れて100万円を貯めだしたんだ、それがないから母親に追い返されたんだって。でもあと少しで貯まるってとこで、急に怖くなった。もしかしたらまた断られるんじゃないかって」

「その発言を最後にEdenからケンジさんは消えました。断られたら多分死ぬだろうと言って」

 丸山さんは、目を細めてケンジを見つめて全員に聞こえる様に言う。

「Edenでは、あんなに優しくて面白い羊さん(ケンジ)が死ぬのは間違ってる、死ぬ事を多く語ってきた我々は世の中の沢山の矛盾の中で、一つだけ本気で救う為に動いてみようと結論を出しました。幸い私はお金には恵まれていたので、100万円アプリを作りケンジさんを探偵を使って身元を割り出し、このゲームを始めました。親に会うまでにEdenに出来る事をしたかったんです」

「なんでこんなアプリを作って人を巻き込むんだよ。丸山さん矛盾が多い」

 丸山さんの説明にここから納得がいかない僕の口からは何の計算もなく素朴な質問をぶつける。

「ケンジさんには居場所がない。もし万一、母親に断られても居場所があるようにしたかった。しかし理屈で精神論で無敵なケンジさんは、そこは不器用で自分の居場所を作る事が出来ない。だからお金を賭けて本気でぶつかるゲーム内の人間関係なら望みがあると考えたんです、それは見事に上手くいきました。ここまできたら過程はもうなんでもいい、モヒカンさん、彩子さん、渡辺さん。彼を救ってあげて下さい。そして無理なら……彼を楽にしてあげて下さい」

 ナオは震える手でケンジのソファの横に、刃渡り25cmはあろう短刀が灰皿と一緒に小さなテーブルの上に置かれた。

「ケンちゃん……。2回目の絵を見せた時に持ってこいって言われた刀だよ。……やっぱり私じゃ駄目なの?」

異常に震え出した手を持ち、握手をするケンジは立ち上がるとそのままナオを抱きしめて行く。

「ネットで1枚目の絵を見てなかったら俺はとっくに壊れてた、2枚目の絵がなかったらあの後の求めていた打ち上げも行けれなかった。……ごめん、ナオとはやっぱり付き合えないよ。俺じゃ幸せにしてあげられないんだ、大丈夫モヒカンはいいやつだよ。このトランプはあげる」

声をあげてその場に泣き崩れる様子を、モヒカンはズボンを強く握って表情に出すまいと耐えている様に見える、……辛いどこじゃないよな。

そっと後ろからイヴの谷口さんが毛布を肩にかけると、そのままナオに抱きついて一緒に泣き始めた。……本当にここがケンジの人生においての瀬戸際だとようやく理解が出来た。

「居場所でしょ? 私達がそれになればいいんじゃないの? なんで刃物が出てくるのよ」

 興奮した彩子が声を荒げる、それに対しケンジが口を開いた。

「永遠なんてあるのか? その居場所なんか簡単に壊れるんだぞ、俺も期待してたけど怖いんだよ。母親でさえ俺を捨てたんだ。……成る程ね、だからパーフェクトヒーラーとパーフェクトスラッシャーなのか。Edenらしいや。彩子、もう理屈はほとんどいらないところにきてるんだ。このあと俺は母ちゃんに会いに行く、断られたら死ぬ。必要なのは愛か死だ」

『この館を出る時にこの短刀を持って行くか、行かないか? それが結論だ。さぁ始めよう、最期のハートブレイクだ』
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