幾久しく、君を想って。
振り返れば、晴れの日も雨の日も風の日も、拓海の手を引いて歩いた。

この手だけは、決して離さないでおこうと決めていた。


十年間を思い出しながら書いた手紙はありきたりで普通だった。
その手紙を拓海の枕元に置いて、ゆっくりとお風呂に浸かった。


上がると二つのメッセージがスマホに届いていた。
一つは林田さんで、『ハーフ成人式はどうだった?』という言葉だった。



『感動的だったよ』


そう送り返し、少しの間文字を交わした。


『明後日はバレンタインデーだね。今からチョコブラウニーをあげるのが楽しみ!宮ちゃんも同じでしょう?』


歯を見せて笑いを噛み締める犬のスタンプが押されている。
そうでもないんだけどな…と思いつつも、『まぁ、そうですね』と言葉を返した。



もう一つのメッセージは松永さんからだ。


『火曜日に少しだけ時間を下さい。渡したい物があります』


送り主の名前を目に焼き付け、複雑な思いを感じる。

ついさっきまでは拓海と二人だけの人生を振り返ったばかりだったのに、彼の名前を見ただけで気持ちが乱れる。

拓海と二人だけの人生で良かった筈なのに、他の望みも持ちそうになっている……。


……彼には返事をしないでおいた。
どんなに避けたところで、明後日の配達日には会ってしまう。


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