ビルの恋
「なるほどねえ。いいじゃない、本条君。真っすぐで。
奈央ちゃん、決めちゃえば?」

紀美子さんが明るい調子で言う。
私は黙っていた。

「伊坂君は、あれ以来無視してるんでしょ?」

「はい」

「ずっと、そのままにするつもり?」

「多分・・・」

「そういうの、奈央ちゃんらしくないわ。まあ、それだけショックが大きかったんでしょうけど」

紀美子さんが、茶箪笥の上にあったカードを取り、

「これ」

と言って、ちゃぶ台に置いた。

「預かったの。伊坂君から。今朝、ここに来たの。
お名前伺う前にすぐわかったわ。奈央ちゃんに聞いてた通りの雰囲気だったし、思いつめた顔してたから」

「伊坂君がここに?」

「そう。奈央ちゃんがあれからどうしてるか、聞きたくて来たのよ。
あのプライドの高そうな彼が」

紀美子さんが、ふふ、と笑う。

「それで?紀美子さん、なんて言ったんですか?」

「あなたのせいで深く傷ついている。二年間も放っておくつもりなら、もう構わないであげて」
紀美子さんが毅然とした口調で言った。

「伊坂君は?」
思わず聞いてしまう。

「『おっしゃる通りです、すみません』って謝ってた。
・・・カード、読んでみたら」

紀美子さんに促され、私はカードを開いた。

「金曜日20時、Bar54で待ってる」

とだけ、書いてあった。
紀美子さんに見せる。

「奈央ちゃん。伊坂君に言ったことと矛盾するんだけど。
もう一度だけ、会ってみたら?
奈央ちゃんの望む言葉は聞けないかもしれないけど」

紀美子さんは、私の手にカードをのせると、両手で私の手を包んだ。
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