赤イ糸ガ切レル時
「えっ。えーっ。」
「もう。追っかけられるよ。」
その時、光の中で今自分の置かれた状態がつながった。
今、完全に万引きした。自分が万引き犯になった。
残念だが、これはこの少女についていくしかないらしい。
どう考えても『自分は関係ない』などという言い訳が通じるはずがない。
少女は古い住宅の立ち並ぶ路地に走りこんだ。
「ねえ。おい。こらっ。」
走りながら光は叫んだ。だが、少女は真剣に走っているらしく後ろを振り向いてはくれなかった。
まだどれだけも走っていないのに光の息が切れてきた。もともと走るのは嫌いだ。そのうえ持久力もない。それに突然何の前触れもなく走り始めたのもよくない。
足がもつれてくる。全身に張り巡らされていた緊張がところどころほころんでくる。
「いつまで走るんだ!」
と言いたくても舌がうまく回らない。
少女がやっと止まった時にはもう足ががくがく笑い始めていた。
「チミ、持久力ないねー。たったあれだけでバテるなんて…。もっと走りこんどかないとすぐ捕まっちゃうよ。」
少女は呼吸を落ちつけながらうれしそうに光を見た。
「おまえ!お前のせいで俺が泥棒―」
どなりたかったが舌が上手く回らなかった。
「ほんとだめだねー。チミは。」
少女は息を整えるともう一度光の手を握った。
「私は茂木咲。花が咲くのサキ。よろしく。」
「なにがよろしくだ!ったく。」
「ハァ。どうせチミのことだから、刑法第235条『他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役または10万円以下の罰金に処する。』に抵触するー。とかいうんでしょ。」
咲はフッっとわざとらしく息を吐いた。
「ち、違うよ。50万円以下の罰金。罰金の額が全然違うよ。」
光は訂正しながらも少し驚いた。今まで出会ってきた誰との会話の中にも刑法第235条という単語が出てきたことはなかった。
「あっ。そう。まあ罰金の額ぐらいいいじゃない。それより少し休憩しましょ。ほらっ。ちょうど図ったかのように隣カフェだから…。さぁ。いこっ。」
咲は手を握りなおすと路地から道に飛び出した。

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