愛しの残念眼鏡王子
「追い掛けてきたって……もう、仕事中なのにふたりでさぼってどうするのさ。これじゃますますみんなに、からかわれちゃうじゃ――」


「無理しないでください」

必死にいつも通りに接してくる専務に、たまらず声を上げてしまった。


そして瞬きもせず驚き私を見つめる専務に、訴えるように言った。


「バレバレですから。辛いのに無理して笑わないでください。……さっき、言ったじゃないですか。専務の背中が泣いていたから、追い掛けてきたって」

「香川さん……」


私の前でくらい、無理しないで欲しい。

逸らすことなく彼を見つめていると、いつもの頼りない笑顔は消え失せ、下を向くと小刻みに肩を震わせた。


「ごめっ……ちょっとだけ」

そう言うと専務は私の肩に頭を預けてきた。

頬に触れた専務のくせっ毛の髪がくすぐったくて、一瞬瞼を閉じてしまう。


けれどすぐに聞こえてきた、すすり泣く声に拳をギュッと握りしめた。

本当は専務を抱きしめたい。――でも、彼女でもない私がそんなことできるはずもない。
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