夜界の王



「俺はアーシャを連れてこの村を出るつもりさ」


得意げにデリックが語り出す。

アーシャは驚愕に目を見開いた。


「この近くを通る商人と運良く交渉ができてよかったぜ。こんな田舎の村からじゃ、一番近くの栄えた町まで行くのさえ一人じゃ難しい。アーシャ(あの女)と引き換えに俺を町まで連れて行ってもらうことにした。俺は死ぬまでこんな村で暮らすなんてごめんだ。親父もお袋も、他の連中だって、生きてられりゃそれだけでいいなんて無欲に言ってこんな土臭い生活に順応してるが、俺は我慢ならない。もっといい暮らしがあるはずなんだ。いい食い物、いい住処、いい女たち! こんなしみったれた村、とっとと出てってやる。俺はもっと楽しみたいんだ」

「あたしは今更ここから出るのも面倒だし、村を出るも町へでて遊び呆けるのもあんたの好きにすりゃいいけどね、本当にあの()はそれなりの値になるんだろうね?」


グレンダが疑い深そうに聞くと、デリックはそれを鼻で笑った。


「あんたはアーシャをいびることしか考えてなかったから、よく見てなかったかもしれないけどさ、あいつは都会の売り子の店に出したってきっと上玉だぜ? 商人にアーシャの似顔絵を見せたんだ。こいつは相当な額で売れるってさ」


そう言うと彼はグレンダのそばへ素早く寄り、耳元で何か囁く。

とたんにグレンダが驚いたような表情になる。


「そんなにかい…」


呟いたその表情にはさらなる欲が滲み出していた。

デリックはそんなグレンダに人差し指を振り、にやにやと笑う。

彼は窓辺に肘をつき、そばの花瓶に飾られた花の花弁をゆっくりと指のはらで撫でる。


そして突然なんの感情もなくぶちりと一枚をもぎ取った。



「アーシャとの生活を始め、暮らしに慣れてきたころが頃合いだ。なに、1ヶ月もすりゃすぐ馴染むよ。初夜から毎晩抱いてやるからな。たっぷりあいつを味わい尽くした後、愛しの花嫁(フィアンセ)を切符に、俺は商人の荷車に乗せてもらって町へ行く。あの女を売った金であんたへ酒を送り、それでも余るであろう金で俺はこれからの人生を楽しむってわけ」


部屋の中に高笑いが響く。

本当に楽しそうに、可笑しそうに。

グレンダも、若い青年が目論んだ残酷な計画に口元を歪ませた。

デリックの高笑いは、アーシャにはどこか遠くで響いているように思えた。足元がふわふわする。自分の気が遠くなっていた。


耳の奥でいつまでもいつまでも鳴り続ける嗤い声。

人の所業とは思えない、下品で残酷で、欲望にまみれた悪魔のような計画。



アーシャはゆらりと一歩扉から後ずさる。


その拍子にギシッ!と床が音をたてた。

扉の隙間の奥で、こちらを見たデリックと目があった。


彼の驚愕の表情。


そしてその口が開き、アーシャの名を叫ぶより早く、アーシャはその場から逃げ出した。



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