やさしくない…
顔を洗って、オールインワンジェルで肌を整えメイクをする。


ナチュラルに、厚塗りに見えないように。
大事なのは適度なツヤ。
そして、血色感。
クリームチークを仕込み、フェイスパウダーをまとったあと、さらにパウダータイプのチークを重ねる。
マスカラはかかせない。
冬場はキレイな色のリップも必要。

たいして技術を持っているわけでもない。
ビフォーアフターで劇的に顔が変わることもない。
しかし、メイク後のスイッチがオンになった自分を見ると少し自信がわく。

髪をセットして、鏡のなかの自分を見る。


「よし、かわいい。」


そう自分に声をかけてにっこり微笑んだ。







***







オフィスのあるビルまでもう少しというところで、後ろから声をかけられた。


「高橋」

「おはよう」


鏡の前で練習した笑顔で微笑む。
いま住んでいる部屋に引っ越した直後、坂道が多いと愚直るあたしに、「丘ってつくでしょ」ってサラッと言ったのは彼。


「もう融けてるぞ」


あたしの妙な歩き方に、理解出来ないという口調。
そう言われても、歩幅は変わらない。
こっちは必死なんだよ。
平坦な道でも。


「安心しろ。転んだら笑ってやる」


ニヤッといじわるそうに笑う。
あたしはちょっとうれしくなったが、すぐに睨み返し、かわいくない返事をしてしまった。


「手を貸すとかないの?」

「巻き添えにされたくない」

「やさしくない…」


不破くんが息を白くして笑う。
うん。
やっぱり、笑い飛ばしてくれたほうがいい。
あたしも一緒に笑った。


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