不思議な眼鏡くん
「わたし、悔しいです」
隣でちづが言った。

響から目を離さないまま、唇をキュッと結んでいる。

「一度こっぴどく振られてるのに、田中くんに惹かれるのをやめられない」
ちづが言った。

「え?」
咲は思わず聞き返した。

「わたし、『一度試しに抱いてよ』って、お願いしたことがあるんですよ」
ちづの頬に涙が一筋伝う。

「たいていの男は、手を出してくる。そうすれば、割と落とすのは簡単なんですけど」
乾いた声で笑った。

「田中くんは固くなに断ってきた。『好きな人がいるから』って。『横山さんには何も感じないから、抱けない』って。わたしが未練を残さないように、手酷く、強く拒否した」

ちづは手のひらで頬を拭う。

「それなのに、わたし、田中くんを見るのやめられないんですよ。ほんと、みっともなくて……悔しいです」

咲は再び舞台上の響に目をやった。

『ここに女の子入れたの、初めてだよ』
『あのベッドで抱いたのは、鈴木さんだけ』

咲は胸に手を当てた。とくんとくんと、鼓動が早くなっているのがわかる。

『好きな人』って、誰なんだろう。
どうしてわたしを抱いたんだろう。

期待はするなと理性が声を枯らして叫んでいるが、咲はどうしても考えてしまう。

田中くんにとって、わたしはどんな存在なんだろう。
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