神鳴様が見ているよ
8章 家族に報告
今度は、しわにならないうちに、服を着ることができて、ふたりで一緒にマンションを出る。
 タクシーで帰りたいと、主張。
「だって、スッピンだもん」
「別に、気にならないケド」
「や、大体、お風呂に入んなきゃ、まだ、なんとか、なったんだから」 
「ハイハイ、俺がウソついたからだ。タクシー呼ぶよ」
 私を見て、ニヤニヤしながら、携帯端末を操作する。
 蒼は端末をポケットにしまうと、空を見上げて、んーっと喉を鳴らした。
「なんて、言えばいいんだろうな。父さんと母さんに」
「え、考えてないの」
 初めての時だって、言うっていってたのに。
「イヤ、実際、普通と違うしさ」
「お嬢さんくださいっていうのは、ないわね」
 蒼は、空を見上げたまま、何かに気づいたように瞳を見開いて、
「おっと、いけね。そうだ」
「ん?」
 彼を見上げると、私を横目で見て、
「理和、結婚して」
「あ、ん、はい」
 お互い、頭で何も考えず、ぺろっと口から出ちゃった感じ。
なんだろう、プロポーズなのに感慨深くない。
 お互いの実家にご挨拶とか、両親に気に入られなきゃとかもないし、実家も両親も同じでつき合うっていうのも、なんだかな。蒼とは、
『結婚する』
 しか、ない。
 蒼も、似たようなことを考えていたんだろう、同じタイミングで見つめ合って、首をかしげて、笑った。


「ただいまー」
 私の声に母がキッチンから、顔だけ出して、
「お帰り。あら、蒼も」
 父はちょうど、廊下に出てきたところ。
「蒼? おっ、誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「お誕生日仕様のごはんじゃないけど、シチューあるから、それでいいでしょ」
「じゃ、僕、ケーキ買ってくるよ」
 父がポケットから、車のキーを出して、母に手を振ると、
「待って。なら、私も、ちょっと、買い足しに行くわ」
 そして、バタバタと、父も母も出かけてしまった。
玄関で靴も脱がないまま、呆然として、蒼とふたりを見送る。
「私、『ただいま』しか、言ってない」
「俺だって、『ありがとう』しか、言ってない」

 食事を終えて、母が後片付け、私がリビングでケーキとお茶を用意する。
 みんなが座ったところで、蒼が、話を切り出した。 
「理和と結婚したいんだけど」
「そりゃ、よかったわね、蒼」「うん、おめでとう」
 父と母は何度もうなずいて、嬉しそうにニコニコしてる。
 ふたりの態度が、あっさりしすぎて、蒼と両親を交互に見る。
「すこしも驚かないのね」
「だって、ふたりして、同じ匂い漂わせて帰ってきて、理和はスッピン。そりゃ、察することあるわよ」
「結婚はいいけど、どこに住む? 蒼が戻ってくるの?」
「いや、理和とふたりで暮らしたい。いずれ、ここに住むけど」
「週末婚っていうのでも、いいじゃない? 理和が週末だけ、蒼んトコ行くっていう」
「はぁ? 母さん、ナニ言ってんだよ」
「だって、プロジェクト始まるたびに、不規則な生活してるじゃない。理和と生活のリズム合わないわよ」
 母に同意するように、父はうなずきながら、
「蒼んとこ、フレックスだからねぇ。けど、理和の就業時間に合わせた生活にしないとダメだねぇ」
 ギョッと、蒼が体を引く。
「父さんまで、ナニ? そんなん理和に合わすよ、当たり前……」
「それにアンタみたいな荒いのと毎日いたら、理和はもたないわよ」
 思い当たることがあるので、拳一個分、蒼から体をずらす。
「なんつーこというんだよ! 理和! なんで、俺から離れる!」
「イヤ、なんとなく」
 すっと瞼が下りた母の瞳が半分になる。
「アンタ、理和にどんな振る舞いしてんの」
 蒼がちらっと私を見て、
「あ? 別に、フツーに、だ」
「嘘ついて、まで、ね」
 ぽそりとつぶやいて、ツンとそっぽを向く。
「理和!」「蒼!」
「まぁ、蒼が戻ってくれると、僕は嬉しいなぁ」
 父の、のんびりとした口調が、この場の空気を変えた。
「父さん……」
 蒼が、がっくりと肩を落とした。
「理和と抹香(まつか)さん仲いいからさ、うらやましいんだよねー」
「とかいって、結構、蒼と外で飲むの楽しみにしてるくせに」
「ははは、それは、それ」
「どのみち、理和は結構、家に来ることになるわよ。アンタ、ピアノ置ける部屋なんて、用意できる甲斐性、まだないでしょ」
 うつむいて、考えながら、つぶやく。
「そっか、ピアノ弾きに来なきゃいけなくなるんだ、わざわざ」
 蒼は頭を抱えて、ため息をつきながら、小さく弱々しい声で、
「理和……、俺とピアノ、天秤かけんなよ」
「だって、考えたことなかったんだもん。そもそも! 蒼とそういう相談してから、話すもんじゃないの!」 
「そんな時間なかったじゃねーか!」
 蒼と向き合って、お互い、肩を怒らせて、睨むような目つきになる。
「ちょっと、あなた達、今日いちにち、何やってたの」
「え」「う」
 ふたり同時にしょぼんと、うなだれる。
 母は眉間を押さえて、はーっと、わざとらしいくらいの大きなため息をした。
「あなた達は、普通の恋人と違って、結婚までは、いろんなこと端折れるけど、今まで、全然、話しもしてないんだから、ちゃんと恋人として、話し合いなさい。大事なことよ」
 父は、母の言葉にうなずきながら、
「そうだね、ふたりで話し合ってからのことなら、揺らぐことないから、反対はできないからね」
「うん、わかった」「はい」
「言っとくけど、ここまできて、別れるっていう選択はあなた達にはないから。それも、ちゃんと、考えるのよ。お互い、実家帰ります的なの、できないんだからね」
「普通の恋愛とは違うんだよ。覚悟ってのは、重いかもしれないけど、先々のことも、考えてね」
 両親の言葉を私と蒼はお互いを、ちらちら見ながら、相づちを打つ。
「うん」「はい」
 母は、ほっとしたように、肩を下げてから、蒼の胸を拳でトンと軽く触れた。
「でも、よかったわね。本当に、蒼」
 蒼は、すこし驚いたように瞳を見開いて、すぐに、目尻を下げて微笑む。
「うん」
 母と蒼の微笑む顔は、よく似ていて、血のつながりを感じた。私と父も見つめ合って、微笑む。すこし、瞳が潤んでいる父は、うなずきながら、
「理和、蒼を幸せにしてやってくれよ」
 あれ? お父さん、それは違うんじゃない?
「そういえば、理和。アレ聞いたの? 蒼に」
「アレ?」
 母は、また、蒼の胸を拳で突いた。
「お母さんが握ってる、弱味」
 蒼を見ると、顔を覆っている。
父は、目尻をティッシュで拭っている手を止めた。
「あ、まだ」
「聞いといたほうが、いいわよ。早いうちに」
「り、理和、聞かない方、が」「あなたは、黙ってて!」
「え? ん」
「もう弱味じゃなくなったケド」
 蒼を見つめ、ニヤニヤ笑う母。
心配そうに蒼に声を掛けようか迷ってる父。
頭を抱え、息をしてるかどうか、わからないくらい静かな蒼。
 私だけ、疎外感。
 母は、手つかずの自分の分のケーキの皿とお茶を持って立ち上がると、父もそれにならう。
「おじゃまさま」
「あ、蒼、いや、理和、ケーキ、美味しいからな」

 
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