神鳴様が見ているよ
5章 蒼の近況
 夜遅く帰ってきた父が、母に紙袋を手渡した。
「蒼、結婚するかもしれないなー」
「あ、今の彼女と? めずらしく、続いてるものね」
「うん、彼女の誕生日に旅行したって。それ、その土産」
「彼女と旅行、初めて聞くわ。今度は、結構、本気なのね」
 父は蒼とたまに飲みに行ってるらしく、滅多に家に帰ってこない彼のこういう情報が入ってくる。
 私も最近、食事をしたり、休日に一緒に出かける男性がいる。
 始めは友人たちのグループで遊んでいたけど、いつのまにか、彼だけとの約束が増えていた。
 正式に、交際を申し込まれたわけでないけど、友人たちの中で、私と彼はつき合っていると認識されてもいる。
 もうすぐの私のバースディの予定を聞かれているけれど、返事ができていない。
 今までの雰囲気や会話から、なんとなく告白されそうな感じだから。
 逆に、どこまでだか、わからないけど、私のそういう情報も、蒼に伝わってることでもある。
 システム関係の仕事をしている蒼は、かなり不規則な生活をしている。
 約束を守れなかったり、出来ないとか、それで、彼女と続かないことが多いらしい。
 私は、会社のシステム課で営業事務をしている。
 今でも、教会やウエディングでピアノを弾くことは変わっていない。
 仕事のことでは、蒼と話しが合いそうな気がするけど、もう何年も、彼とふたりきりで話したことがない。
 たまに帰ってきても、父とばかり話して、(父が蒼を離さないのもある)元気? くらいしか、会話した覚えがない。
 母とは、メールとかで様子伺いをしてるらしいから、私だけ蒼と接することがないのだ。
(蒼、今の彼女と結婚するかもしれないんだ)
 私は……、どうしよう。

 今度の日曜日は蒼の誕生日だ。
「蒼の誕生日に、シチュー持って行こうかなって、思うんだけど」
「いいんじゃない? きっと、喜ぶわ、蒼」
「そう、かな。マンション、行ってもいいかな、私」
 母はうなずいて、携帯端末を出して、操作を始めた。
「まぁ、見てなさい。アレの弱味がまだ通用するなら……」
「蒼の弱味って、何?」
 ずっと前にもそんなこと言ってたのを思い出した。
 端末の操作を終えた母は、視線を上にあげて、
「まあねー、あれが通用するなら、まだ、しつこく想ってる証拠なんだけどなー」
 と独り言の母の瞳を覗き込むように、首をひねると、〝ストップ〟みたいに手の平を私に向けた。
「言えないわー、アレに聞きなさい、直接。私もどんな顔して、言ったらいいかわかんない」
「なんなのよー」
「親として、言えないっ。おっと、レスポンス、早っ」 
 母が端末を見て、ふっと鼻で笑い、口元をニヤッとするように上げた。
「マンションに着いたら、連絡してって、さ」
 だから、どんな弱味を握られてるの、蒼は。
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