いつも、雨
「とにかく、京都へ行って来ますわ。いえ、その前に、橘さまにご相談しなくては。……ああ、恥ずかしいったら……。もう……あの子、何を考えているのかしら。橘家(あちら)の千歳さまは、品行方正で、一点の汚点もありませんのに。」

「……。」

婚約者の名前を出されて、領子の顔から表情が消えた。


夫人は頑(かたく)なな娘にため息をついた。


……意固地な子……。

こんなことで、ちゃんと結婚生活を送れるのかしら。

千歳さまも、サービス精神旺盛というわけではないし……冷えた夫婦関係になるのでしょうね……。

橘の千秋さまのご人徳で……何とか、領子さんが心を開けるといいのだけど……。




天花寺夫人の悩みは尽きない。


……それが原因だったのだろうか。

まだ50代だというのに、天花寺夫人は孫の誕生を待たずに、亡くなった。


領子の挙式の、3ヶ月前だった……。





葬儀は、嫁の静子の実家の尽力で、厳かながら盛大に執り行われた。

そして、領子の側には、橘家のご当主がずっと付いてくださっていた。


こんな時でも、領子は取り乱さなかった。

ずっと静かに泣いてはいたけれど、常に背筋を張り、会葬者1人1人に深々と頭を下げて挨拶していた。




……視線を感じる……。

この広い会場のどこかに……竹原がいる気がする……。



漠然と、領子はそう感じていた。


本当は、兄の結婚式の日にも感じていた。



竹原の気配。

姿を見せなくても、声を聞かなくても……心がざわめく。

竹原がどこかで、わたくしを見つめている……。


それだけで、領子は強くなれる気がした。



橘千秋氏はそんな領子の様子を見て、舌を巻いていた。

いつも理性的なお嬢さんだが、実の母親が亡くなっても毅然として……いや、むしろこれまでより、背中に1本芯が通ったのではないか?
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