いつも、雨
「……ごめんなさい……」


領子がどうして謝るのか、一夫にはよくわからなかった。


「なんでや。なんで謝るんや。何も、えりちゃん、悪ぅないやん。」


そう言われて、領子は首を横に振った。

「……本当は、わたくしも、わかっていたのです。……こんなこと、よくないって。……いえ、わたくしは構いませんわ。今さらですもの。でも、ただでさえご近所からあまりよくは思われていないわたくしのところに来てくださることで、宇賀神さんも悪く言われてしまっているそうです。……もしかしたら、お仕事に既に悪影響を及ぼしているかもしれません。……わかっていましたのに……わたくし……楽しくて……」

領子の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。


一夫は、たまらない気持ちになって、ガバッと領子を抱きしめた。


びっくりしたけれど、領子は身じろぎしなかった。

嫌な気持ちは、一切しなかった。

むしろ、すっぽりと包み込まれた心地よさに驚いた。



一夫は背丈は大きくないけれど、腕も肩も胸も筋肉が盛り上がっているほどにたくましい。

要人も、別れた夫も、こんなにも鍛えられた肉体はしていない。


領子には、弾力のある一夫の胸筋が新鮮だった。



一夫は、腕の中の領子から立ち上る、何とも言えない甘い香りに酔いしれた。

同時に、制汗剤的なものを何も身につけていない自分に気がついた。

まだ仕事前なので、汗はかいていない。

しかし、男臭い体臭は誤魔化せない。


……まだ加齢臭はないとは思うけど……。

何となく自信がなくて、一夫はそっと腕の力を緩めた。


領子がもそもそと顔を出して、見上げた。

多少はにかんではいるものの、嫌な気はしていないようだった。


それを見て、一夫は覚悟を決めた。



……楽しい、と言ってくれた。

頭ではあかんと思ても、わしが来るのを楽しみにしてくれてたんや。



領子の言葉に力を得た一夫の瞳に、強い意志が煌めいた。


ダメ元で、一夫は言った。


「えりちゃん。わしの嫁さんになってくれへんか?……一生、大事に大事にするから。えりちゃんも、百合子ちゃんも、何の心配もせんでええ、近所とか世間の目を気にする必要のない、幸せなお姫さまにしてあげたいんや。」
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