届かない場所
私たちの、曖昧な関係

始業式

「…おはよう」

いつも無表情であんまり喋らないあいつが、優しく目を細めてそう言う。
彼、八雲柊は私の幼馴染みである。





成績優秀、容姿端麗なコイツはクラス、学年だけでなく後輩や先輩にもかなり人気で、表立って囲んだりすることはないものの密かに思いを抱いている子は多く、少しでも振り向いてもらおうと幼馴染みかつ本人と仲がいい私にこっそり助言をもらいに来ることも少なくない。

「うん、おはよう、柊。」

「…ん。今日から2年生だね。」

「高校生初の後輩がくるよー。また忙しくなりそう」
そんなたわいも無い話をぽつぽつとしながら散り始めた桜の道を歩いていく。


私達の関係は曖昧だ。付き合ってる理由でもないのに一緒に登下校することも少なくないし、互いの家にも良く行く。
あいつを好きな人からはよく、「羨ましい」と言われたり面倒くさい事にたまに先輩などには「八雲くんに近づきすぎ」などと文句を言いにこられることも

その度に、胸が締め付けられる。
私は、柊が好きだ。きっと誰も知らない、知らなくていい私だけの秘密。
好きだと言おうと考えたことは何度もあった。だけど染み付いたこの幼馴染みという近いようで遠い曖昧な関係の鎖が呪いのように私を縛る。

きっとあいつの中で私は幼馴染みというだけの存在だから。好きなんて言えない。それを言ってしまったら、この曖昧な関係は千切れてしまう。

あ、いけない、ちょっと泣きそう。

「――菫?」

「っあ、ごめん。ぼーっとしてた。寝不足かも」

鼻が少しつんとした。だめだだめだ、始業式初日から何が悲しくて泣くというんだ。

「…そっか。」

なんだかよくわからないけど、無理はしないでね、と言って私の頭に手をぽんと乗せる。

「ちょ、ちょっと…」

「あ、ごめん。でも」

泣きそうな顔してたから、


…どうしてそういうのに気がついちゃうかなあ。鈍感な癖して、変なところで鋭いんだから。

暖かい陽の光と、薄紅の桜の花びら、頬を掠める春風と頭に乗せられて残った君の体温がどうしても愛しくて、

なんでもないよ、といつも通りに笑って校門をくぐって先へ駆けていった。
< 1 / 1 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

公開作品はありません

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop