【溺愛症候群】



 袋をがさがさ言わせて準備をしていたら、智が背もたれ越しに上から覗き込んできた。


「ハユ、何してんの?」

「香田さんが酔ったみたいだから、最悪の場合に備えて」

「え、酔った? 先生にあとどれくらいで休憩か聞いてくるわ」

「助かる」


 智は立ち上がり、揺れるバスの中通路を進んで教授に話し掛けるのが見えた。


「コウちゃん、大丈夫?」


 先程の智と同様の姿勢でチィが身を乗り出す。

 香田さんはチィを確認すると弱々しく頷いて、再び目を閉じた。


 冷や汗も出てきたようで、黒髪が肌に少し張りついている。

 俺は手を伸ばし、彼女の頬に張りついた髪をそっと剥がす。

 指が触れたときに、ぴくりと反応したものの、それ以上反応する気力が残っていないようだ。




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