小倉ひとつ。
憧れの人たちに追いつくのは難しい。でも、難しいからって諦めていたら追いつけないと思う。


追いついて、自分のお店を持ちたいってことではなくて。


私はただ、憧れに追いついて、その優しい雰囲気を愛する人の、お手伝いがしたい。

稲中さんご家族や常連さんや瀧川さんの、ちょっとした毎日に寄り添いたい。


だから、まずは精一杯やろう。うん。


それで……瀧川さんが大丈夫なときだけでいいから、ちょっとだけ、幸せに浸らせてください。


瀧川さんはお忙しい。たい焼きは基本お持ち帰り。週に一回相席できたら、お仕事に余裕がある。


しかも今は年度末に向けて多忙な時期で、頑張って約束したはいいものの、片手で数えるほども機会がない。


そんなわけで、基本はお持ち帰りだけれど、余裕があるときは、瀧川さんがたい焼きを食べているお向かいで、私は必ず一服いただきつつ、持ってきたお弁当を食べたりたい焼きを食べたりしている。


バレンタインデーもホワイトデーも、お互い手一杯で、いつも通りの差し入れを渡し合ってさらっと過ぎた。


お仕事を精一杯こなしながら、シチューのたい焼きを作り、小倉のたい焼きを作り、お互い差し入れをして、カフェでお会いして、稲やさんでお会いして。


予定がゆっくり埋まる幸せを噛み締めて、残り少ない手帳に書きつける。


そろそろ私の大学生活が終わろうとしていた。
< 312 / 420 >

この作品をシェア

pagetop